藤間紫苑 Fujima Shion

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百合小説
愛こそすべて
第一話 出会い 第二話 新しい生活 第三話 初めてのキス
第四話 美味しい紅茶 第五話 束縛 第六話小さな貴婦人

第一話 出会い
「ひかり、起きなさい。着いたわよ」
 都会から離れた、遠い、遠い山の中にその学校はあった。私がこれから入学する学校、聖マリア学園。女子学生のみが通う、全寮制の学校だ。車窓から見える風景は森ばかりで、私は驚いた。
「ママ、森の中を走っているの?」
「そうね、もう二十分ぐらい走っているわよ。ああ、ほら、門が見えた」
 突然、森の間に巨大な広場が出現した。広場の正面には巨大な鉄の門と、白く美しい塀がそびえ立っていた。
「古くから続くお嬢様学校なんですって」
「別に、私、お嬢様なんてガラじゃないわ」
 私は少し反抗的な口調で、お母様に答えた。お母様はくすくすと笑いながら門の前に車を止め、携帯電話を手に取った。
「本日編入予定の成田ひかりの母です。はい、現在門の前にいます」
 お母様がそう言うと、門が静かに開いていった。お母様ははい、分かりましたと言うと、電話を切り、車を門の中へと滑らせていった。
 門に入るとまた長い森が続いた。この森が途切れたら、私はお母様と暫くの別れだ。お母様はお父様が働いているアメリカへと渡り、私は一人で日本に残る事になる。
「ひかり、何かあったら、すぐにママに電話をちょうだいね。アメリカの学校に行かせる事も考えたのだからね」
 私はくすりと笑った。アメリカに行かず、日本に残った理由が、アニメが見たかったり、マンガが読みたいからと知ったら、どう思うだろう。
「大丈夫よ、ママ。なんとかやっていくから」
 だからといって、この学校に入りたかったわけではなかった。しかし全寮制の学校は少なく、さらにお母様が納得する学校はここしかなかったのだった。
「あら、正面を見てみなさい、ひかり」
「なぁに?」
 私はお母様が指した先を見つめた。するとゆっくりと馬に乗る青年が近付いて来るではないか! 私はきゃっと小さな声を上げた。
 黒い滑らかな毛、しなやかで逞しい脚の馬に乗った青年は、馬よりもさらに滑らかで少し巻き毛の短髪を風に靡かせながら、優しく馬を走らせていた。
 青年はちらりと私を見た。深く、黒い、印象的な瞳が、私の眼差しを捉えた。吸い込まれるような視線。強く、深く、抱きしめらたような気がして、私はふるっと軽く体を震わせた。
 青年を乗せた黒い馬は、私達の車の横を、ゆっくりと、流れるように走っていった。
「綺麗な娘さんねぇ」
 私は運転席へと顔を向けた。
「え? 今の女性?」
「あら、そうだったわよ。白いブラウスの胸元が膨らんでいたじゃないの」
 お母様がそう言うと、私はお腹の辺りがかぁっと熱くなるのを感じた。
「女性なんだ」
 耳の中で、鼓動が響いているのに私は気付いた。急に恥ずかしくなり、私の頬はぽっと熱くなった。
「ひかり、やっと校舎が見えてきたわよ」
 私は熱くなった頬を冷ますように、ふるふると顔を振った。
 校舎の前には、ピンク色のスーツを着たふくよかな女性が立っていた。
「遠い所をようこそおいでいただきました。成田ひかりさんと、お母様でいらっしゃいますね? 私は聖マリア学園の校長であり、牧師の桜木恵子と申します」
 お母様が、娘がお世話になりますと挨拶をした。私も瞳を伏せ、頭を下げた。
 校長から私達が校風を聞いていると、扉をノックする音が聞こえた。
「校長先生、小安と榊原です」
 校長がお入りなさいと言うと、失礼しますという声と共に、二人の少女が校長室へと入ってきた。

[2006/08/27 UP]

第二話 新しい生活
 私ははっとして、彼女達を見つめた。二人共ズボンの制服を着ているではないか!
 一人は眼鏡を掛け、太い三つ編みを左肩に乗せた、真面目そうな少女だった。私と目が合うと、にこっと笑った。
 もう一人の少女は背が高く、長く真っ直ぐな髪を腰まで伸ばしていた。髪はかなり手入れされているようで、美しく輝いていた。そして赤い唇がとても大人っぽい。白い肌が彼女の美しさを際立たせ、まるで白雪姫のようだった。前の学校は化粧禁止だったが、この学校はある程度までなら許されるようだ。
「成田さん、これから寮で同室になる榊原志文(しもん)さんと小安美奈子さん」
「聖マリア学園へようこそ、成田さん。私が榊原です。こちらが小安美奈子さん。楽しい学園生活を送りましょうね」
「成田ひかりです。よろしくお願いします」
 私ははきはきと話す榊原志文に、少し驚き、押されてしまった。榊原は今までの友達とは違ったタイプの少女だった。眼鏡っ娘が大人しくてシャイだという萌話は多いが、実際にはリーダーシップを取る少女の方が多いのだなと思った。しかし前の学校はこのような能動的な少女より、何を考えているのか掴めないような、ふわふわと生きている少女の方が多かったので新鮮だった。
「よろしくね、成田さん」
 小安がやや高く、そしてはっきりと響く声で私に言った。
 絶世の美少女というのはこういうのを言うのかもしれない。私は心の中でうわーと叫んだ。背は高めで、私のような贅肉など全くないようなほっそりとした体、黒いスーツの制服をきっちりと着こなし、とても大人っぽく見える。先輩なのだろうか? と私は思った。
「榊原さんは私達のクラスの委員長を務めているのよ」
 私達という事は、この二人と私は同い年らしい。私は着ているジャケットの裾を軽く引っ張った。
「お、同い年なんですね」
 恥ずかしい! 言葉に詰まるなんて! 私は視線を落とした。
「ええ。寮は学年毎に部屋が分かれているの。同じ部屋の人は大抵、同じ学年よ」
「大抵、ね」
 小安が榊原の言葉を反復し、ころころと笑った。
「…………」
 榊原が気まずそうに小安を見た。何か今の言葉に意味があるのだろうか。
「榊原さん、小安さん、成田ひかりさんを寮へ案内してあげてください。ひかりさんはお部屋に荷物を置いたら、また戻ってきてくださいね」
「はい、先生」
 私は二人に連れられて、校長室を出た。
「黒い制服なんですね」
 小安は私の言葉を聞いて、くるりと振り返った。
「そう。この学校の宗派はプロテスタントだけど、制服は神父服などをイメージして作られているのよ。上着は詰襟に、上部が丈の短いジャケットっぽくなっていて、下部がひらっと広がるコートのようになっているの。前が分かれていて、左右に切れ目が入っているから、四枚の大きな布が腰の回りをひらひらと漂っているようにみえるでしょ? 上着の下には白いシャツを着て、下はズボン、ロングスカート、ミニスカート、短パンが選べるの。下の学年は短パンが多くて、上の学年はロングスカートやズボンを着る人が多いわ。ただ機能的だから、結構ズボンの人が多いけど」
「凄い。何種類も制服があるんですね」
 私は彼女達や、隣を通り過ぎていく学生達の姿を見て感心した。
「気分や天候とかでね、ズボンにしたり、ロングにしたり、ミニにしたり出来るから、窮屈な感じはしないと思うわ。成田さんは寮の経験はあるの?」
 榊原が、横を歩く半ズボンの美少女に見惚れている私に話し掛けてきた。
「いえ、一度もありません。この学校が初めてです」
 私は少し頬を染めながら、榊原を見た。
「そう。なら最初がこの学校で良かったわね。きっと楽しい学園生活が送る事が出来るわよ」
 榊原は眼鏡の奥の瞳を輝かせながら言った。
「ええ、私もそう思います」
 私はちらっと、森の中ですれ違った女性の事を思い出した。彼女にもまた会えるだろうか。
 学校の廊下は広く、天井はかなり高かった。校舎というより西洋の教会のような建物だ。ああ、アニメイトも即売会もない、この清らかな環境! ……そうだ、両親が一人娘の私をなんの理由もなく日本に置いていく訳が無かったのだ。
 私達は教会のような建物から、煉瓦造りの大きな建物へと移った。
「こちらが白百合寮。私達は七階よ。エレベーターが三箇所にあるのだけど、一番手前のを使うといいわ。私は寮の学年長だから、一番校舎側の部屋なの。夜中に人が来たりして少し騒がしい日もあるけれど、我慢してね」
 そう言いながら、小安がエレベーターのボタンを押した。
「寮の消灯は十一時、朝は七時起床よ。時間になると部屋の電気は消えてしまうから、勉強とかはそれまでに済ませておいてね。朝食は七時から食堂が開くわ。昼は十二時から二時半まで、夜は五時半から九時まで食堂は開いているから、その時間内だったら利用出来るの。時間内に行かないと食べ損ねるから気を付けてね。ほら、ここが私達の部屋」
 私達は701と書かれた部屋へと入った。
「わぁ」
 天井が高い白い壁の部屋に、ゆったりとくつろげるソファーとテーブルが置いてあった。巨大なアーチ型の窓にはレースのカーテンが掛かっていて、風にひらひらと舞っている。私の目の前には「どこの少女漫画の世界ですか?」といった空間が広がっていた。私は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「ここは監督生の部屋でもあるから、少し広いのよ。丁度良い空き部屋が私達の部屋しかなくて。夜中に人が来る事が多いけど、本当にごめんなさいね。今から謝っておくわ」
 小安が少し困ったような表情をして、お辞儀をした。
「いえ……このような部屋になって……嬉しいです」
 私は窓に駆け寄り、外を見た。広いベランダの向こうには、深い森が広がっていた。
「ここが貴女の部屋よ」
 私の部屋は八畳程の部屋だった。天蓋とベットカーテンが付いたベットと、サイドテーブルと、学習机とクローゼットが置いてあった。家具は全て白く、同じような素材で出来ていた。やはりベランダがあり、窓からは校長室がある校舎が見えた。
 ベランダに駆け寄る私を見て、ふふっと笑いながら榊原は言った。
「後で校舎を案内するわ。まずは校長室に戻らないとね。場所は分かる?」
「はい」
「そうそう制服を着替えてから行った方がいいわ。校舎内を私服で歩くと怪しまれるから」
 そう言って榊原はクローゼットを空けた。
「ここに制服が入っているわ。シャツは毎日クリーニングに出す事が出来るから。制服も一週間に一度は出す事が出来るわ。ベッドの上に出しておけば、ハウスキーパーが持っていってくれるの。新しい制服の補充もしてくれるから」
「好きな制服を着なさい。それが貴女の色を決めるから」
 小安はそう言うと、榊原の方を向いてくすっと笑った。貴女の色を決める? どういう事だろうか。
「携帯電話は持っている? 校長室からお部屋に戻ったら電話を頂戴」
 小安がそう言ったので、私はポケットから携帯電話を出した。アドレス帳に小安と榊原の名前が刻まれた。新しい学園生活の始まりを感じて、私はわくわくした。
 自分の色。
 二人が部屋を出て行ってから、私はクローゼットの扉を開き考えた。自分の色。私は今まで自分の色を考えた事があっただろうか。考えてみればいつもお母様が選ぶ服を着て、お母様が選ぶ塾に行って……。そう、この学校すらお母様が選んだ学校だ。私はくすりと笑った。自分が選んだものはなんだろうか。例えばアニメとか、小説とか。もしかしたらそれすらもお母様が選んだものなのかもしれない。
 私は白いジャケットをクローゼットにしまい、淡いピンクの花柄が描かれた白いワンピースを脱いだ。そしてクローゼットの中を改めて見た。私の色。色ってなんなのだろう。
 お母様なら、この黒いロングスカートを選ぶかもしれない。
 そんな風に思い、ロングスカートを手に取った。でもそれでいいのだろうか。私はロングスカートを再びクローゼットの中に戻し、半ズボンを手に取った。
 着替えが終わり部屋を出ると、榊原と小安がソファーに座ってお茶を飲んでいた。
「……かわいー」
私の半ズボン姿(とはいえ、上着によって足の大半は隠れてしまうのだが)を見て、小安が言った。白雪姫のような小安に可愛いと誉められ、私は少し興奮した。
「ありがとう。半ズボンって穿いたことが無かったから着てみたの」
「うふふ」
 榊原が眼鏡の奥の瞳をきらきらさせながら笑った。
「本当に可愛いわ。……では校長室に行ってらっしゃい。後で連絡を頂戴ね」
「ええ、行ってきます」
 私は部屋を出て校長室へと向かった。
 初めて穿いた半ズボン。新しい生活。新しい学校。半ズボンを穿いて、ちょっと『少女革命ウテナ』の主人公みたいなカンジ? と思って、私はくすっと笑った。でも王子様を目指すとか、一人称がボクとか、私はそういうキャラじゃない。
 だが私は半ズボンを穿いてみた。私のこの姿を見て、お母様はどう思うだろう。似合うって、言ってくれるだろうか?
 私は校長室がある校舎の入口にある鏡で、自分の姿を見た。ショートヘアに黒い上着、ひらひらと翻る服の下から見える足。半ズボンって少し恥ずかしいかしら、と思っていたが、上着が長いせいか意外と恥ずかしくない。黒いソックスに、黒い革靴。うん、似合っている……よね?
 私は校長室の扉をノックし、成田です、校長先生、と言った。
「あら、もう着替えたのね。可愛いじゃない」
 そうお母様に言われ、私はほっとした。……駄目じゃない、ひかり。もっと自立しないと。私はそう心の中で自分自身を叱った。
「手続きも終わった事だし、私は帰るわね。では校長先生、この子をお願いします」
 校長先生はお母様に、お預かりします、と言って微笑んだ。
 もう離れてしまうのだ。お母様はもう行ってしまうのだ。
 校舎から出て、車に乗り込み私は、門まで送るね、と言った。結構、距離があったからここでいいわよ、とお母様は言ったが、私は沈黙した。
「じゃあ、途中までね」
 お母様は少し困ったような顔をして、車を発車させた。
「何かあったらすぐに電話を頂戴ね。すぐに駆けつけるからね」
「うん。ママもね」
「もう……生意気言って」
 お母様は少し行った所で車を止めると、私の頬にキスをした。
「さ、もう戻りなさい、ひかり。気をつけてね」
「はい。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 私が車から降りると、お母様は軽く片手を振り、車を走らせた。車はあっという間に森の中へと消えて行った。
 春の柔らかい日差しが私を包み込んだ。今まであまり見た事がない深い森。鳥の鳴き声が聞こえてくる。今朝まで東京の閑静な住宅街に住んでいて、つい最近まで、人混みを掻き分けながら通学していたのに。このギャップはなんなのだろう。
 寂しい。
 ううん、これから新しい生活が始まるのだ、寂しくなんてない。そう私は強く思った。しかし瞳からはぽろぽろと涙が溢れ出ていた。
 まだ学校まで距離がある。この森の中では一人だ。そう思って私は少し声を出して泣いた。お母様とも、お父様とも当分会えないのだ。もっとしっかりしなければという思いとは裏腹に、涙は溢れ続けていた。
「どうしたの? 子猫ちゃん?」
 私はその声に驚き、振り向いた。真後ろにはなんと学校到着直後に見た「青年」が立っているではないか! 「青年」、といっても女子だ。いや、青年は男女を指す言葉で。そんな事より泣き顔を見られた! 見られたのだ!
 私が混乱しながら彼女を見ていると、彼女はふっと笑い、左腕で私を抱き寄せた。力強く抱かれ、彼女の体と私の体が触れ合い、あっと思った瞬間、彼女の膨よかな唇が私の唇と重なっていた。

[2006/09/03 UP]
第三話 「初めてのキス」へ


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