藤間紫苑 Fujima Shion

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百合小説
愛こそすべて
第一話 出会い 第二話 新しい生活 第三話 初めてのキス
第四話 美味しい紅茶 第五話 束縛 第六話小さな貴婦人

第四話 美味しい紅茶
 私がシャワーから出ると、小安がシャワー室へと入っていった。
「ねぇ、ひかり。良かったらソファーでお話しない?」
 シャワー待ちの榊原が、部屋に帰ろうとしていた私を呼んだ。私はええ、と答え、バスタオルで髪の毛を拭きながら白くゆったりとしたソファーに座った。
「お茶淹れるわ」
「あ、私にも教えてください」
 居間の隣には小さなキッチンがあった。
「キッチンはね、この部屋にしかないのよ。あとは一階毎に一つ給湯室があるだけ。冷蔵庫と電子レンジは各部屋にあるけど。この部屋はカウンセリングルームにもなっているから」
 そう言いながら榊原はお茶を淹れる支度をし始めた。私は榊原の行動を見ながら、ポットなどの場所を覚えていた。
「私はどうしてこの部屋になったのでしょうか? どちらかというと寮の管理人室ですよね」
 私がそう言うと、榊原は少し困ったような顔をしながら言った。
「部屋はまだいくつか空いていたのだけど、空き部屋しかなくて。新入生なのに同室の人がいないと、少し寂しいでしょ? あとはね……あの問題児の部屋しか空いてなかったのよ。ここの隣のね」
 私は有田が隣の部屋だと知って、少しどきどきした。
「監視しておかないと……彼女、いろいろ悪さするのよね。一度なんてドラッグパーティをされて最悪だったわ。バッドトリップして医務室に連れて行かれた下級生もいてね。でも彼女、学園理事一族の遠戚だから退学にならないのよ。でも学校の評判を落とされても困るから、この部屋の隣なわけ。……これ、口外しちゃだめよ」
 榊原はそっと人差し指で私の唇を触れた。
「は、はい」
 私は少し興奮を覚えた。
「そういえばひかりの荷物って二箱だけだったわね。人によっては物凄い荷物を部屋に入れる子もいるのよ。もう十箱とか送られて来て呆然、とかね」
 榊原はくすくすと笑い、私も一緒に笑った。
 良かった。十箱の荷物を二箱に減らして、本当に良かった。荷造りをしている時、お母様に止められて泣くなく荷物を減らしたのだ。結局持って来たのは服と、幾つかのコスメと、何枚かのDVDデータと、ハードディスクドライブを一つと、『ファイブスターストーリーズ』と『のだめカンタービレ』と『鋼の錬金術師』だけ。持っていたアニメのDVDも、CDも、写真も雑誌も(『月刊ニュータイプ』と『月刊少年ガンガン』の最新号だけは持って来た)、全部置いてきた。
 寮生活か。
 私は居間をちらっと見た。整理された部屋。私の自宅の個室とは大違いだ。誰が活けたのか、白いローテーブルにはピンク色のチューリップが飾られてある。本も、オーディオ機器もない落ち着いた部屋だ。
「お茶は何が好き?」
 私は突然聞かれて驚いた。
「ミ、ミルクティーが好きです」
「そう。アッサムでいいかしら?」
 アッサム? 聞いた事があるようなないような。何か紅茶の種類なのだろうかと私は悩んだ。漫画のタイトルは知っていても、私は紅茶の種類を知らなかった。
「はい。それで」
 こくりと頷き、榊原はきらきらと輝く金色の缶を食器棚から取った。
 これはきっと紅茶の葉っぱだ。紅茶の葉っぱが目の前にある。私は家では全く紅茶を飲んだ事が無かった。いつもミルクか、ミロだった。
 私が榊原の手元をじっと見ている事に気付いてか、彼女はお茶の淹れ方を話し始めた。
「お家でいつも紅茶を淹れています?」
「いえ。家では」
 どう答えよう。紅茶を全然飲まないと答えるのも少し恥ずかしい気がする。
「……家では紅茶のジュースを飲んでいました」
 うん。これで答えはばっちりだと私は思った。
「そう、“ジュース”ね」
 榊原の口元に笑みが零れる。私は顔が火照るのを感じて俯いた。
「紅茶の淹れ方は簡単よ。やかんには多めのお水を注いでぴーって鳴ったら火を止めて」
 榊原はお湯を空のティーカップとポットに注いだ。
「カップとポットが暖かくなったらお湯を捨てる」
「え? もったいない」
「そうね。でも捨てちゃうの。そして私とひかりと……美奈子の分も淹れておきましょうね……人数分の茶葉をポットに入れて、お湯を注ぐ。寒くならないよう、ポットにお布団を掛けてあげる。そして三分砂時計で測る。簡単でしょ?」
「はい……この缶に書いてあるハロッズ……ハロッズっていうと、あのダイアナさんの恋人と噂されたアルファイドさんのお父さんが所有しているデパートですね。ダイアナさんの対人地雷廃止活動は感動的でした」
「そうよね。あの時に流れたエルトン・ジョンのピアノはとても寂しくて、今思い出しても涙が出るわ。そういえばジョンがデヴィッド・ファーニッシュという男性と結婚したのはご存知?」
 オタクな私が知らない訳が無かった。
「はい。昨年のイギリスの法改正の時に結婚したって話題になりましたよね。同じ島国なのに、日本は遅れていると思って、あのニュースを聞いた時は本当に悔しかったです」
「そうね……日本は遅れているものね」
 榊原はふぅっと溜息を吐いた。
「そろそろ三分ね。牛乳をミルクジャグに入れておく。三分経ったから茶こしの上からととととと、と注ぐ。最後の一滴まで注ぐ。はい、出来上がり。向こうに運びましょう」
 私はトレーに乗った紅茶を運んだ。何かとても良い香りがする。
 テーブルにティーカップを並べ、私は座った。
「どうぞ」
「いただきます」
 テーブルにはいつの間にかクッキーが用意されていた。私は紅茶の匂いを嗅いだ。強い茶葉の香りが鼻腔に広がる。今まで嗅いだ事がないような逞しい匂いだった。紅茶というと『不思議な国のアリス』のイメージが強い。あれもアクの強い小説だが、なる程、紅茶というのは淹れたてはこれ程香りが強いのかと納得した。私は紅茶を口に含んだ。ほろ苦い茶葉の味とミルクの味が口の中で混ざり、なんともいえないハーモニーを奏でていた。
「美味しい」
「でしょ? この部屋って伝統的に紅茶が用意されているのよ。茶葉はいろいろ買ってあるから、自分の味が出せるわよ。同じ茶葉で同じように淹れるのだけど、人によって味が違うのよ。同じ三分なのにおかしいわよね。きっと皆、隠れて自分だけのブレンドを作っていると思うの。今度、ひかりが淹れた紅茶も飲ませてね」
「ええ。明日は私が淹れますね」
 紅茶か。私はお茶を自分で淹れた事がなかった。自分ではミルクをコップに注ぐことぐらいしかやった事がなかった。ミロですらいつもお母様が作ってくれていた。
「寮生活って、勉強になりますね」
「そうね。……ひかりは電子レンジを使った事がある?」
「はい。ミルクを温めるのによく使います」
「良かった。たまにいるのよね、電子レンジの使い方も知らない子が。ミルクを温められるのなら十分よ。そのくらいしか使わないもの」
 その時、小安がシャワーから出てきた。
「志文さん、シャワーをどうぞ」
「私はもう少し後で入るわ。今、お茶を飲んでいるから」
「あら、私の分もお茶をありがとう。志文さんが淹れてくれた紅茶は格別に美味しいのよね」
「ふふん。まっ、私が淹れた紅茶ですからね」
 私は二人の掛け合いが面白くてくすくすと笑った。
「明日はひかりが淹れてくれるそうよ」
「あら、嬉しいわ。楽しみにしているわね」
「はい。明日は学校行事はありませんよね? 午後の紅茶を楽しみにしてください」
 二人は嬉しそうに微笑んだ。
 白い壁の寮。白い家具に、高い天井。同室の少女達はとても芯が強いしっかり者。以前に居た学校とは比べられないような環境だった。前の学校は都心の、電気街が近い場所にひっそりと立っていた。歴史だけが古い学校で、帰りには同人誌を漁ったり、ドラマCDをチェックしたり、三国志大戦をやったり。デパートの屋上で同人誌のチェックしてはしゃいだり、『どうぶつの森』の村を行き来したりしていた。それが今では私自身が『どうぶつの森』の村に迷い込んだかのようだった。たぬきちにいきなり借金を負わされるオープニングはないけれど。
 ……子猫ちゃん。
 私は昼間にあった出来事を思い出してはっとした。無理やり奪われた唇、服を脱がされ、有田の指が私を興奮させ、そして……そして。
「どうしたのひかり? 顔が真っ赤よ」
 私は榊原に声を掛けられはっとした。駄目。彼女達に気付かれてはいけない。
「いえ……あの……、ちょっとホームシックかなって……」
「今日は早めに寝て、明日校内を回りましょう。この学校は広いから、ちょっとした冒険よ」
 小安が優しく私の肩に触れながら言った。私はええ、と答え、紅茶を飲み干し歯を磨いてから個室へと向かった。
 ----夢のような一日。
 私はベッドに横になりながら、今日の事を思い出していた。
 ----子猫ちゃん。
 有田の姿が目に浮かぶ。彼女の声が耳の中で木霊する。彼女の触れた場所が熱く疼く。いけないと私の理性は警告していた。ドラッグパーティはヤリスギ。うん、解っている。近寄ってはいけない女性だって。
 でも私は彼女に出会ってしまった。
 車の中で、彼女と視線があった。彼女の漆黒の瞳が私を捉えた。私はその時に何か、彼女に応えたのだろうか? 解らない。でも私達は再び会った。
 衝撃的なキス。春の木漏れ日が私達の上に星のようにきらきらと降り注ぐ。素肌に彼女の手が触れる。優しく、そして激しく。
「はっ……はっ」
 私は自然にクリトリスを弄っていた。有田の隣にいた人は誰なのだろう。いえ、私は知っている。あれが彼女の本当の恋人なのだと。
 私は遊ばれたのだ。
 想像上の有田の指が私を興奮させる。あの時だけ、私は確かに有田を独占していたのだ。頬を染めてながら私を愛撫する彼女を、私は独占したのだ。私だけの彼女だったのだ。
 短い交わり、たった一回の恋。
 いや、これは恋だったのだろうか? これはただの性欲なのではないか? 女性である私は、女性である有田の体を求め、女性である有田は、女性である私の体を求めた。私達は出会った瞬間、体を求め合った。強く、強く惹かれあった。私は有田の胸の感触、唇の感触、私の頬に触れる髪の感触、重なったときの体の感触を思い出した。喉が渇く。体が熱い。指が、私の指が、有田の指になる。
「……ひっ!」
 私は体を硬直させ、激しい快感に身を委ねた。たった一回の恋。たった一回の欲情。でもあの時確かに私達は愛し合っていた。
「……はぁ」
 体の硬直が解けると同時に、私は深い眠りに落ちていった。

[09/17/2006 UP]
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