藤間紫苑 Fujima Shion

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百合小説
愛こそすべて
第一話 出会い 第二話 新しい生活 第三話 初めてのキス
第四話 美味しい紅茶 第五話 束縛 第六話小さな貴婦人

第五話 束縛
 ここはどこだろう。白い天蓋が見える。横にはベッドカーテンが掛かっている。私はおとぎの国に来てしまったのだろうか? 暫く考えてから、私は寮生活を始めた事を思い出した。
 昨日、聖マリア学園に入学して、私は白百合寮に入ったのだ。
 ベッドカーテンの内側から見る自分の部屋は不思議な感じだった。窓からは明るい日差しが差し込んでいるが、ベッドカーテンが春の朝日を寝ていても気にならないくらいの柔らかい光に変えていた。私はふと枕元を見た。時計が無い。そういえばダンボールから服しか出していなかった。私は時間を確認するために起き上がった。
 学生生活用の黒い革靴を履いた。寝間着に革靴というのはしっくりこない。室内用のサンダルが欲しいが、購買部に靴は売っているのだろうか。
 携帯電話の時計を見ると、まだ六時十五分だった。新しい環境に慣れていないせいか、興奮して早く起きてしまったようだ。空気を入れ替えるために窓を開けた。新鮮な朝の空気が部屋に流れ込んでくる。まだ寒かったので、暫く経ってから窓を閉めた。
 私は制服に着替えた。昨日のシャツはベッドの上に置いておくよう言われたので、畳んでベッドの上に置いておいた。靴下と下着も少し悩んでから、シャツと一緒に置いた。
 ダンボールの中身を引き出しやクローゼットの中にしまった。『月刊少年ガンガン』や、漫画の本をどこに置こうかと悩んだ末に、机に備わっている本棚にしまう事にした。やはり隠し過ぎるのもいけない。あくまでも自然に置いてあるのだ、と自分に言い聞かせた。時計を枕元に置いた。明日からは六時四十五分に起きようと思って、目覚ましのタイマーを合わせた。学習机の上には一台のノートパソコンと、「生徒の皆様へ」と書かれたマニュアルと生徒手帳と学生カードが置いてあった。とりあえず購買部があるかどうか確かめようと思い、手に取った。
 マニュアルの一ページ目には見開きのマップが載っていた。学校は思ったよりも広い敷地で、校舎がいくつかと、運動場や厩舎があった。寮の北側には私が通う事になると思われる校舎があり、そのさらに北側には図書館があった。寮の東側にはスーパーと書かれた建物があった。スーパー? 学生が多いから、購買部もスーパー並みなのだろうか。
 洗濯物の出し方(ベッドの上に置いておく)や、消灯時間なども書いてある。後ろの方は簡単なパソコンマニュアルになっていた。
 私は洗顔を済ませてから、机に戻り、ノートパソコンを開いた。
 パソコンのOSはウィンドウズXPだった。MACを使い慣れている人もいるだろうに、学校が配布しているパソコンのOSはウィンドウズだった。しかし私をそれ以上に驚かせたのは、そこに常設されていたソフトだった。
「ようこそ聖マリア学園へいらっしゃいました。私はご主人様専用のAIです。私の呼び名を決めてくださいませ」
 いきなりパソコンに表示が出た。私はうっとおしく思い、ソフトを止めようとした。しかし止める表示というものがない。
「ご主人様! 私は学園のネットサーバーも守っているから消せません。私の呼び名を決めてください」
 こうやってシナリオがループするRPGゲームがあったような気がする。少し考え、落ち着いてから名前を決め、入力した。
 “エミリィ”
「ありがとうございます。私の名前は“エミリィ”ですね?」
 はい、いいえと出たので、はいと入力した。
「ありがとうございます。ご主人様のお名前と、学籍番号を入れてください」
 私は生徒手帳を手に取り、名前と学籍番号を入力した。
「成田ひかり様ですね。確認いたしました。では左下にある指紋認証用のデバイスに指を置いてください」
 指を置くと、認証完了いたしました、とエミリィが言った。
「ではご主人様、私をカスタマイズしてください」
 エミリィがそう言うと、キャラのカスタマイズ画面が出た。私はファイブスターストーリーズの絵を見ながら、似たキャラを作った。性別は胸の大きさから、性器まで選べるようになっている。中性も作れるようになっている。よく出来たソフトだと、私は感心した。
「エミリィのカスタマイズは終了です。そろそろ朝ご飯の時間ですね。食堂は寮の東側に位置しています」
 いつの間にか時間が七時十分になっていた。AIはうっとおしいが、この機能は便利だと私は思った。
「おはよう、ひかり。起きている?」
 こんこんという軽い音と共に、榊原の声がした。ドア越しに聞く榊原の声はとても大人っぽく、響くいい声だった。耳元で愛を囁かれたら、誰でもころころと落ちていってしまいそうだ。
「はい、起きています」
「そう、入っていいかしら?」
「どうぞ」
 榊原はドアを開け、にっこりと笑った。
「もう支度は済んでいるようね。結構。あら? もうPCを開けているの? 指紋認証はした?」
「はい、終わりました」
「そう。学生カードと、指紋認証で校内の買物は出来るのよ。保護者の方が設定した金額までだけどね。食事に行きましょう、それから校内を案内するわ」
「ひかりさん、おはようございます」
 私は小安におはようございますと返事をした。
 私はパソコンを終了させ、彼女達と一緒に食堂に向かった。
「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう」
 通り過ぎる少女達が次々と挨拶をしてくる。私も榊原達と一緒にごきげんようと挨拶をした。前の学校ではこのような習慣が無かったので、知らない生徒に挨拶するのは、とても緊張した。挨拶は後輩から先輩へ、学年が上の校章を付けた先輩を見かけたら、すぐに挨拶をするのだと榊原が教えてくれた。
 食事が終わり、私達は校舎を見て回った。
「ここが私達の学年がいるB棟よ」
 校舎に入ると、校内をスケッチブックに写生している少女が私達に気付き、近寄ってきた。
「ごきげんよう、美奈子姫、榊原女史。こちらは?」
 少し声が低めでボーイッシュな彼女は目をきらきらとさせながら私を見た。
「新入生の成田ひかりさんよ。ひかりさん、こちら同じクラスの黒羽涼子(くろばね りょうこ)さん」
「成田ひかりです、よろしくお願いします」
 私はやや大きな声で挨拶をした。
「宜しく成田ちゃん。ボクの事は黒ちゃんって呼んでね」
 黒羽にはボクという一人称がとても似合った。太陽がよく似合う、少し肌の黒い短髪の少女だった。
「では私の事もひかりちゃんと呼んでください」
「OK。ひかりちゃん」
 そう言うと黒羽は私に近寄り、頬にキスをした。
「よろしく」
 突然、キスをされ、私は慌てて俯いてしまった。挨拶代わりのキスなんだから、恥ずかしがっていては駄目。そう私は思い、顔を上げ、黒羽の目をじっと見ながら微笑んだ。
「はい」
 私の心臓はどきどきしていた。このように気軽に触れる友達を持った事がなかった。前の学校の友達とは、近くにいても携帯のメールで会話していた。
「ひかりちゃん、良かったら美術部へ……」
「はーい、はいはい。その辺でね。またね、涼子」
「その名前で呼ぶなよ、榊原女史はイジワルだなぁ。またね、ひかりちゃん」
 私は軽く黒羽に手を振り、先を歩く榊原の跡を付いていった。
「ひかりさんは前の学校で何部に入っていたの?」
 小安が天使のように微笑みながら私に言った。
「特に部活には入っていませんでした」
 当り前だ。学校が終われば、すぐに友達と街を歩いていたのだから。アミューズメントセンターで三国志大戦をしたり、他人の試合を見たりしているだけで、すぐに時間は過ぎてしまう。家に帰ればネットサーフが待っていた。友達とチャットでおしゃべり、blogの更新、それだけで一日は終わってしまう。
 しかしこの学校には何がある? 図書館? テニスコート? スーパー? 図書館が大きいのは嬉しいが、きっと漫画は扱っていないに違いない。
「そう。この学校は部活動が盛んだから、何かに入るといいわよ。……だって森の中で、暇ですもの。さ、ここが図書館よ」
 図書館には思った以上に人がいた。
「今は春休みだから帰宅している人もいるけど、帰宅していない人達の何人かは図書館で勉強をしているわ。この巨大な図書館はこの学校のちょっとした自慢だから」
 私は図書館の案内ボードを見て驚いた。少女向け小説から、漫画本まである。それにCDからアニメDVDもあるではないか!
「凄い!」
「そうでしょう? あらゆるジャンルの研究の第一人者を作るっていうのが、この学校のポリシーなのよ。CDやDVDは文科省が版権料を払っている『ネット図書館』に参加している学校はいつでも観たり聞いたり出来るの。部屋のPCでも観られるわよ」
 お母様はこの事を知っていたのだろうか。だから私をこの学校に入れたのだろうか。私は図書館の検索ボードを押して、幾つかの本をチェックした。『鋼の錬金術師』も『BLEACH』もある。『capeta』もある。
「ひかりは少年漫画が好きなのねぇ」
 そう榊原に言われて、私は慌てて検索画面をスタート画面に戻した。オタクだとばれるのはちょっと恥ずかしい気がする。
「私も『舞姫 テレプシコーラ』とか読むわよ。A棟の図書館まで行かなければならないから、ちょっと面倒くさいけど」
「『舞姫 テレプシコーラ』もあるのですか」
 私は少し驚いた。『舞姫 テレプシコーラ』には、少女・須藤空美が家計を支えるためにヌードになり、大人の男性に写真を撮られるシーンがある。少女はいわゆる“キッズポルノ”に売られるのだ。しかしそのような描写があるからといって学校に置かない理由はない。私は『舞姫 テレプシコーラ』が学校に置いてある事に驚いた、子供っぽい考えの自分自身を恥じた。
「あら、ひかりは『舞姫 テレプシコーラ』を読んでいるの? 単行本はA棟にしかないけど、『ダ・ヴィンチ』はこの棟にも置いてあるから毎月読めるわよ。スーパーにも置いてあるのよ。嬉しい、『舞姫 テレプシコーラ』のお話が出来る友達が増えて」
 確かに榊原は『舞姫 テレプシコーラ』を読んでいそうな雰囲気の少女だった。いわゆる“カワイイ文化系女子”ってカテゴリーだ。メガネっ娘属性もあるな、と私は榊原を観察しながら思った。
「もう、ひかりさん、志文さんの熱弁に付き合ってあげて。彼女、『舞姫 テレプシコーラ』を語り始めると長いから」
「だってあれ程の名作は他にないじゃない。皆の期待を一身に引き受けていたバレリーナの千花が足を怪我してしまって、もう本当にどうなるか心配で目が離せないのよ」
「私は空美ちゃんがどうなったのか心配です」
 私は空美が踊るシーンがとても好きだった。
「そうよね。あの子は天才バレリーナですものね。……でもきっと現実の、今、この瞬間も、空美ちゃんのようなとても才能のある女の子が逃げ場のないまま、大人に搾取されているのよね」
 榊原が自分の体を両手で抱き締めながら言った。
「そういう点では労働基準法の第六章の年少者の記述って微妙よね。これは子供を労働搾取しないように作られた法律なんでしょうけど、一方で悪い親元から子供が逃げられなくなっている。皆がみな、児童福祉法の下できちんと保護を受けることが出来ればいいけれど、理想に現実が追いついていってないものね」
 そう言うと、榊原は人気のない席を選んで座った。
「美奈子が寮の学年長だし、私もあの部屋で暮らしているからつい聞こえてきてしまうのだけど、親が失踪してしまう子や、帰宅する度に痣を作ってくる子も少なくないのよ」
「親が失踪って……その子はどうなるんですか?」
「一応、保証人の方に連絡して、学業を継続させるか聞くの。うちの学校は学費が高いから、保証人の方も駄目なら、児童相談所と警察に連絡して、引き取ってもらうのよ」
 小安が悲しそうに顔を歪ませながら、小声で言った。
 そんな、酷い。そう言いそうになって、私は口を噤んだ。私がその子に同情したところで、事態は何も変わらないのだ。私も両親が失踪したら同じ立場になるかもしれない。親戚は恐らく、私の学費まで面倒をみてくれないだろう。それどころか引き取る事すら拒否されたら? 私は孤独を感じ、ぶるっと震えた。
「私達には……なんの力もないわ。選挙権もないし」
 小安が私をじっと見つめながら言った。
「あら、子供を生む能力はあるわよ」
 榊原がくすっと笑った。
「もう、ちゃかさないで」
「ふふ、ごめんね。生んでも育てるのが大変だものね。私は母親と、私に子供が出来たらどうする? なんて話した事があるのだけれど、私の親は、子供は育ててあげるから、志文はちゃきちゃき勉強していい会社に入りなさい。子供の養育費が早めに掛かるんだから、人より沢山勉強して、少しでも高い給料が貰える会社に入らなきゃね、ですって。シビアよねぇ」
「志文さんのお母様らしいわ」
 小安がくすくすと笑った。
 子供か。私は有田との激しい性体験を思い出した。体中を駆け巡った快感。強引に押さえ付けられた両手。考えてみれば彼女が男で、コンドームも無しにセックスしていたら子供が出来ていたかもしれないのだ。私は目の前にいる二人に気付かれないように、心の中でむっとした。だが有田は私が痛がっていたのを察したのか、インサートはしなかった。彼女がもし男でも、無理なインサートはしないのかもしれない。いや、だからといって彼女の行為が許される筈がないのだが。
 ----許される筈がないのだが?
 本当に私はそう思っているのだろうか。私は有田の乱暴を許してしまっているのではないだろうか。柔らかい彼女の吐息が、私の耳に触れるのを、今でもはっきりと思い出せる。彼女の声はあの日から、私の耳の中で木霊している。彼女の指が私のクリトリスに触れたのを、私は一時も忘れる事は出来ない。
 私は……私はあれ程、有田に無理矢理されたというのに、彼女を許してしまっているのだろうか?
 私はこの疑問の答えを見つける事が出来なかった。

[09/24/2006 UP]
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