タイトル『Addiction』(おそ松さん おそ松兄さん 二次小説)

小説 藤間紫苑
パチンコ・フラッグ新宿店。大音量の渦と光の病み。目の前でコンピューターグラフィックがキラキラと輝きながらおそ松を惹き付ける。
「リーチ!」
おそ松の目が異様な早さでぐるぐると動き回る。レインボー、当たりを確定するレインボーの演出はないだろうか。人物、背景とCGを一瞬で見分けていく。
だがおそ松の期待とは裏腹に、当たり確率の低い演出ばかりが出る。一瞬で彼は落胆し、もうこれは当たらない、と判断する。
こんな作業を一体何度繰り返してきただろうか。おそ松はパチンコ台の上に表示される回転数を見る。156回転。一万二千円使ってこの回数。一千円につき十三回転だなと計算する。
五人の弟達の財布からくすねたのは一万五千円。一人三千円だ。これを一人五千円にして返してやろうとほくそ笑んでいたのは、ほんの数十分前。パチンコフラッグはハタ坊が経営する店だから明日がオーナー誕生日である今日はもっと出ると、もっと回るんじゃないかと思っていた。しかし結果は普段の日となんら変わらぬ回転数だった。
おそ松はふぅっと溜息を吐き、盤面の釘を見直す。玉の流れを決める風車は右に傾きマイナス、ヘソはまるで下駄の様に真っ直ぐに並び左右に開いていない。アタッカー周囲の釘も左右に開き、玉が零れ落ちていくようになっている。その他もマイナス、マイナス、マイナス。逆に何故、こんな台に座ってしまったのか、自分の精神を疑う。
そうだ、ハタ坊の誕生日と同じ台ナンバーだったからだ、と思い、ふと見ると、番号が一つ違う。そう、違う。気のせいではなく違う。隣の台だ。隣はおそ松より少し後に来て、すぐ当てたお座り一発台だ。
ホールの遠隔操作で出玉を調整しているのか? いや、ハタ坊の店が遠隔などやっているわけがない。そんな違法行為をしなくても、この釘で満席なら、十分利益が取れているだろう。
二〇一五年十一月から東京都は換金率が等価から非等価へと変更になった。今までは二五〇玉を一千円で借りて、大当たり終了後ジェットカウンターという機器で計量し、パチンコ店のカウンターで二五〇玉=0.1gの金粒と換え、それをさらに換金所で0.1g=一千円・現金に換えていた。それが十一月一日からパチンコ店のカウンターで二八〇玉=0.1gの金粒と換えるようになった。この千円で三十玉分のマイナスは大きい。
しかしここで換金率がマイナスになった事を考えても、大当たりすらしていないおそ松には、関係がなかった。大当たりをしていないので、換金すら出来ないのだ。弟達から「借りた」一万五千円はあと三千円で全て台に吸い込まれ、紙屑へと替わる。いや、紙屑すら残らない。
時間を奪われ、弟達が大切にしているお小遣いを奪われ、Mr.FLAG、あんたは罪な男だよ、と思う。しかしそれ以上に罪を犯しているのは自分自身……弟達のお金を盗んだおそ松自身だった。
盤面の左側にあるサンドへと千円札を震える手で差し込む。
しかし入れた筈の千円札が戻ってくる。
再び差し込む。
また千円札が戻ってくる。
ギャンブルの神が「もうお金を使うのをお止め」と囁いているようだった。だがおそ松は刃物を刺すように、千円札をサンドへと差し込むのだった。
もうやめようぜ。
カラ松の声が聞こえる。
もう止めて、おそ松兄さん。
チョロ松の声が聞こえる。
…………。
一松が蔑んだ目でおそ松を見る。
株で取り返そうよ。
そう十四松が明るく言う。
もう無理でしょ。止めてよね、僕のお金でパチンコ打つの。
トド松がふくれっ面をしながらおそ松に言う。
幻聴だ。
分かっているのだ。だが次々と弟達の自分を叱り、叩き、怒る声が聞こえてくる。
すっと千円札がサンドへ吸い込まれていく。
あっ。
おそ松はするすると引き込まれる千円札から手を離してしまった。慌てて千円を掴もうとするが、お札は機械の中へと吸い込まれていく。

あぁ……。

もう等価ではないパチンコ。サンドに金を入れた時点で負けなのだ。出てきた二五〇玉を換金しても千円にはならないのだ。

ああぁ……。

おそ松はジャラジャラと出て来るパチンコ玉を見つめた。二五〇玉の半分、五百円分の一二五玉が上皿に流れていく。そして貸玉ボタンの上に残金五百円と表示される。
一体この一千円、いや五百円で当たるというのか。五百円で6.5回転しかしないだ。大当たりの抽選は6.5回しか引けないのだ。
おそ松は絶望と後悔と懺悔の気持ちに苛まれた。一体自分は大人になって働きもせず、親に養ってもらい、さらに兄弟達の少ないお小遣いを盗みパチンコに費やす。一松は口だけのゴミかもしれないが、自分は本当にゴミだとおそ松は思い、自責の念に駆られる。

■続く