■ 15

「お風呂、気持ち良かった?」
そう私が尋ねると、少女は漆黒の瞳を私に向け、不思議そうに首を傾げた。
「うーんとね、お風呂は汚れを落とすだけじゃなくって、気持ち良いとか、ほんわかするとか、体が温かくなるとか、そういう効果があるのよ。だからどうだったかなーって」
少女は俯き、小さな声で、きもちいい、ほんわか、あたたかい、と繰り返した。
「……きもちいい」
「……そう! 良かった」
実際、少女が気持ち良いという感覚を分かっているのかどうか、私には判断が付かなかった。だがその三つの言葉から気持ち良いを選んだのなら、それでいいではないかと思った。
「体を拭いたら、新しい下着と寝間着を持ってきてあげるね」
出張用に買っておいて良かった。少女のサイズには合わないだろう。身長が私と少女では十五センチぐらい違う。……もっと違うかもしれない。
私は棚からバスタオルを出して、少女に渡した。少女は白いバスタオルに、ぱふっと顔を付けた。
「気に入った?」
「……気に入る…………気に入った」
少女はタオルを軽くパフパフッと手で叩き、感触を楽しんでいるようだった。
「気に入っていただいて幸いです。さ、体を拭いて、服を着て、おでんを食べよう」
私は少女に笑いかけた。
少女は少し悩み、タオルを私に渡し、立ったまま手と足を広げた。まるで拭いてとお願いしているようだ。
「……はいはい、今、拭いてあげましょうね」
そう言いながら私は、少女の言うオジサン達は一体、少女に何をしてきたのかと思う。特に少女の母の恋人であるオジサンは。
一緒に風呂へ入り、ニヤニヤと笑いながら少女を洗い、性器を弄り、体を拭いて……そしてまた脱衣場でセックスしていたのかもしれない。
十五歳だというのにまだ生理が来ていない小さな女の子。
何も教えず、学校に通わせず、ただ性人形として生かされてきた少女。
私は優しく少女を拭いた。黒く長い髪の毛の水気を取り、体の水滴を拭いていく。
そもそも「ゆき」という名前だが、少女は日本人なのだろうか。両親は日本国籍? 少女の国籍は? 戸籍はあるのだろうか。
新宿・歌舞伎町のコンビニ前で拾った少女。だが私は彼女のことを何も知らなかった。
「髪をドライヤーで乾かそうか」
私がドライヤーを持つと、少女はびくっとし、少し震えた。深淵の闇を見たかのような黒い瞳が大きくなる。
「……ドライヤーで火傷でもさせられたかな。んー、じゃあ寒いけど冷風で乾かそうか」
私はドライヤーのスイッチを冷風にセットし、風を出し、少女の手の平に当てた。
「これなら大丈夫でしょ?」
少女は安心したように、体の緊張を解した。
緊張と緩みは少女の感情を見る上で一番分かりやすい筋肉の動きかもしれない。肩も緊張すると少し上がり、弛緩すると下がる。
それを見ながら少しずつ、少女とコミュニケーションを取ればいい。
「はーい、髪の毛を乾かしますよー」
冷風で舞う、長い髪を見ながら、少女にとってどうするのが一番いいのか考えた。
十五歳なら区役所に相談する? 児童福祉の……うーん、なにか相談窓口があるのだろうか。そもそも十五歳は児童に入るのだろうか。
少女は髪の毛を乾かされながら、とても気持ち良さそうに目を少しだけ、閉じた。

■ 続く