【夏コミ百合小説新刊】『LeX Lesbian Experience』コミックマーケット2018/08/11 西2ホールか43b 藤間紫苑.com

新刊『LeX Lesbian Experience』 500円

■エクスタシー

■ 江留×美唯のアラフィフ同性史

■ Wという生き方

抜粋 エクスタシー

ママの寝息が襖の向こうから聞こえてくる深夜。
玄関の鍵がカチャリと開き、扉が開く音がする。ギッという廊下の板が軋む音。俺は寝ぼけたまま、足下の硝子が嵌まった格子戸がするすると開く気配を感じる。
大きな黒い影が格子戸を静かに閉め、畳の上に革靴を置く。黒い影は静かに横たわり、俺の蒲団の中へと入ってくる。意識が起きてきて、黒い影が壮年男性へと代わる。男のコロンが鼻の奥を刺激する。
この男は毎日ママに愛を語ってセックスしている。ママは嬉しそうに襖の向こうで喘ぐ。気持ち良さそうなママの声。俺はそんな声を聞きながら最初は幸せを感じていた。頑張ってきたママ。やっと幸せが訪れるママ。新しい義父が出来る俺。あの借金を作っては行方を眩ますクズ男ではない、優しそうなママの恋人。そして二人は俺を含む三人の食卓で微笑み合う。幸せ、愛。そんな言葉が食事をしながら紡がれる。俺は二人に笑いかける。シングルマザーとその娘、ママの恋人を囲んだ一見幸せそうに見える場面。男は建築会社の社長をしているという。顔も良く、体つきもがっしりとし、日に焼けた彫りの深い顔。俺を造ったひょろりと背が高く笑顔が眩しい軟派な父親とは違う、落ち着いた雰囲気と低い声。ママとその恋人である男が結婚するのを、俺は心から喜んでいた。
ある夜までは。
今では上っ面な笑みしか浮かべられない。日々、不安が募っていく。だがママは新しい恋人との関係を喜んでいる。ママには沢山の恋人がいたが結婚の話が出たのは初めてかもしれない。喜ばなければならない。ママの幸せを……でも俺の幸せはどこに?
蒲団の中に入ってきたママの恋人の息が俺の耳に触れる。耳の中が唾液で濡れる。中耳炎になったらどうするつもりだ。俺は少し頭をずらす。だが男の舌は追ってきて、耳朶を舐める。執拗に舐める。興奮した息遣いが耳の中に入ってきて俺は不快に感じる。男の手がトレーナーの下へと入ってくる。
俺はピクリと身体を震わせ、固まる。腹の上にある男の手。数時間前にはママに触れていた大きな手。
絶対に声を出してはいけない。薄い襖の向こうから、ママの幸せそうな寝息が聞こえてくる。ほんの少しの距離。
そうここで、今、ここで声を上げればママが起きて、きっと俺を助けてくれる。
それとも俺を罵倒する?
少し前、ママの恋人を奪って家を出て行った姉のように。
「……ッ」
俺の身体がさらに固まる。男の手が胸に触れる。平らな胸の肉が揉まれ、乳首が摘ままれる。ママの胸とは全く違う脂肪が付いていない真っ平な胸。小さな乳首。正直、男がどうしてこの胸に固執するのか分からない。自分で触れても気持ち良いとは感じない。腰を揉まれているような感覚。乳首に至っては摘ままれてもちょっと痛くて不快だ。エロ本に書いてある乳首に触れる時の文章を思い出すが、そんな艶のある感覚は俺に訪れるない。不快な痛み。さっさと終わらせてくれという思い。
男の手がするすると下に動く。下半身へと、ズボンと下着を越え、下腹に触れる。
くすぐったさを感じて俺は身体を堅くする。吐息すら我慢する。襖は薄く、ママはすぐ側で寝ている。起こしてはいけない。絶対に。と思った瞬間、太い指先が茂みの中にある小さなクリトリスに触れ、俺の身体がピクンっと揺れる。クリトリスは体の中で一番感じやすい部分だ。股を開き、自分で性器を初めて見た日を思い出す。背中を丸め、手鏡で覗く。陰毛がまだ生えていなかったあの頃。クリトリスとヴァギナと尿道と肛門が別々にあって驚き、じっと見る。その時のクリトリスは小さく、なんだか分からない皮の集まりだった。その小さな皮が、そして皮の下にあるクリトリスが強い刺激と快感もたらすと知ったのは、このママの恋人が蒲団に入り込んできた後だった。
「……! …………!」
声を出してはいけない。息が乱れていく。身体が脳に突き刺さるような快感に震える。古いアパートが揺れないように身体を強ばらせる。閉じようとする両足を男の手が止める。無理矢理開かされ、骨太な手がクリトリスからさらに奥へと滑り込んでくる。ヌルリ。とヴァギナの奥へと。
男の笑いを含む吐息が耳にかかる。不快さが俺を苛立たせる。それなのに俺の体内から出た分泌液を指に絡ませ、クリトリスへと滑らす男の太い指を拒否出来ない。
「…………!」
(止めて!)
誰かが心の中で叫ぶ。それは俺じゃない。
(快楽を求めてもいいじゃない。気持ち良いことは悦しまなくっちゃ。)
誰かが心の中で高笑いをする。それは俺じゃない。
俺は身体を震わせる。気持ち良さが身体に広がり、それを止めようと必死になる。
脚を閉じようとしても邪魔され、男の指は益々速くなっていく。
俺の身体はビクンッ! と跳ねる。
(止めて!)
(気持ちいい!)
(助けて……マ……)
誰にも言えない。快楽は俺の理性を奪い、身体は快楽の頂点と共に足の指先までビクビクッと震える。
これがエクスタシーなのだと知らなかった、14歳の俺。
女性として生まれた俺の身体は射精をすることがなかったのだった。

(同人誌に続く)

 

以下作品は本日初公開!

冬コミ新刊予定の作品です。

イマジン

藤間紫苑

母・万里愛(まりあ)が描いた紙の絵本は私の宝物だった。

空を飛び回る太陽の光を反射させながらキラキラと輝く白い天使達が平和のラッパを鳴らすと世界に緑が溢れ、人々に笑顔が戻り、平和が訪れる。

母が買ってくれた電子キャンパスに絵を描くのは私の日課だった。絵の能力はあまり上達しなかったけど、私の想像力は伸びた。

五歳になり、国家人材判断テストを受け、私は想像力数値の高さから梅宮学園への進学を世界平和省から勧められた。私は世界平和と名前が付く省から推薦されてとても興奮した。

「ママ、万里愛ママ! 私、この学校へ行くの!」

母は困ったように笑いながら書類を見て、学費免除……生活費補助……と呟いた。そして私を強く抱き締める。

「ごめんね、百合愛(ゆりあ)。学校を辞めたくなったらいつでも辞めていいからね。ママ、沢山稼ぐから。百合愛が好きな学校へ行けるように」

「ママ? 百合愛はこの学校へ行きたいよ? 百合愛がママを守るの! 世界平和を守るのよ!」

その時、物流時計から鳩の鳴き声がした。

「ママ! ロボットバトルが始まるよ! ロボットが勝ったらお野菜の値段が下がるって、隣のおばさんが言ってたよ! 応援しなきゃ!」

私が3Dモニターのスイッチを入れると、四角いバトルフィールドが現れた。

『今回、N国は初の人型ロボット参加です』

『梅宮重工の新作お披露目ですね』

『バトルフィールドにN国世界平和省のイマジネーターが映し出されます』

『梅宮重工製ロボットを操る新人イマジネーター達です。初々しいですね-!』

バトルの解説は難しかったけど、ウメミヤという言葉だけは拾えた。

「ママ! ウメミヤだって! 先輩なのかなぁ?」

「そうね」

ママがスマートフォンでゲーマー達の経歴を見る。

「梅宮学園卒の優秀な子達だわ」

「ママー、百合愛もウメミヤに行きたい!」

私がねだるようにママの膝に乗ると、ママは優しく背中から抱いてくれた。

「そうね……」

『AチームにグローバルA(エース)の新型ロボットが現れました!』

『これは……天使?』

天使という言葉に惹かれた私とママはモニターに釘付けになった。

白銀の天使を模したロボットは華麗で慈愛に満ちていた。

グローバルA社の天使型ロボットは滑らかな動きで飛行力も高かった。梅宮重工のロボットは高く飛び過ぎると落下後、下半身が機能停止になり、まだまだ改良が必要だった。

戦いが終わり、梅宮重工とグローバルA社の新型人型ロボットが投入されたチームAは勝利した。

物流時計が三週間巻き戻る。

「百合愛。明日は野菜炒めにしようか」

ママが微笑む。

「お肉は?」

無邪気に聞いた私の頬にママがキスをする。

「そうね……鶏肉でも茹でましょうか」

「やったあ! 鶏肉! 鶏肉!」

 

 

「うーん……鶏肉」

その時、頭がぱかんと引っぱたかれた。

「鶏肉じゃねぇよ、百合愛! 起きろ! 朝飯の時間だ!」

同僚の椿(つばき)だ。入社式の今日に合わせてカットした髪は前よりも短い。美しい顎のラインを引き立てていた。157センチの身長は私より少し低い。

頭上から目覚まし時計の耳障りな機械音が鳴り響く。

「それ、さっさと止めろ! ほら、シャワー浴びろ!」

「椿……何時?」

「七時だ、クソ野郎」

「はぁ!?」

私は飛び起きて裸になり、シャワーブースに駆け込む。

裸になった椿が横に並ぶ。

「起こすの遅いよ!」

「起こしただけありがたいと思え」

私より5センチ低い椿が私を睨む。

シャワーブースの外から声が聞こえる。

「百合愛! 椿! 支度が遅いぞ! 毎朝毎朝、梅宮様をお待たせするな!」

竹宮(たけみや)の神経質そうな声だ。156センチという平均より低い身長は梅宮家宗主に合わせた選ばれた家系の特徴なのだろう。

「うるせえぞ! 竹宮!」

椿がシャワーを止め、温風ブースで水気を飛ばす。私も慌てながら水気を飛ばす。

「さっさと服を着ろ!」

制服をきっちりと着た竹宮が言う。

「はいはい、竹宮おっかさん」

「私は椿のお母様ではない! 梅宮様の執事だ! 余計な仕事を増やすな!」

竹宮がちらっと横の松宮(まつみや)を見る。松宮は身長190センチある巨漢だ。

「松宮、靴紐がほどけているぞ」

「え? どこが」

「まったく! 右足だ!」

竹宮が松宮の足下に跪き、靴紐を結わく。

「またワンコ松宮がドS竹宮に世話されてる! 松宮×竹宮! いい絵だわ!」

152センチの桜姫(さき)は妄想を膨らませて瞳を潤ませる。

「私の主人は梅宮様だ!」

「俺の主人は梅宮様だ!」

竹宮と松宮が怒鳴っても桜姫は気にせずフフフと意味深に笑う。

「松宮ワンコが夜になると竹宮の下半身に……」

「やめろー! 桜姫! その美女顔でエロ妄想をダダ漏れにするな!」

知花(ちか)が顔を真っ赤にしながら、耳を塞ぐ。

「知花って全然大人にならないわよねぇ。お姉さんが大人の窓を開いてあげようか?」

桜姫が169センチある知花の鎖骨を指でなぞる。

「いらんわ! 桜姫はもう少し貞淑って言葉を知れ!」

「貞淑なんて言葉、私の辞書にはありませーん」

桜姫が制服の胸元を少し引っ張り、胸の谷間を知花に見せる。

知花が真っ赤になり、肩をびくっと震わせた。

「皆、支度が出来たか。行くぞ!」

梅宮学園では生徒会長だった梅宮が入口で声をかける。

「初出勤かー。緊張するな」

彫りが深い169センチの知花はふぅと溜息を吐く。

「肩の力を抜けよ」

私が知花の肩をぽんっと叩いた。

 

「入省おめでとう! 世界平和研究所所長の鳩谷(はとや)だ。これから君達は一ヶ月の能力検査後、それぞれのスキルに合わせた部隊に配属される。ではこれからイマジネーションテスト後、体力測定がある。終わったら世界平和省の先輩達への顔見せだ。背筋を出来るだけ伸ばせよ」

大きい。これが巨乳というものだろうか。私はちらりと自分の胸や椿、竹宮や桜姫の胸と比べる。両性具有の竹宮の胸は小さいが、女性の桜姫はEカップだと言っていたはずだ。私はFカップだが……鳩谷所長の胸はそれ以上に見える。

周りを見ると皆、所長の胸に釘付けだ。

皆、18才以上。第三次性徴期に入る者がいる。学校で習った知識だとホルモンが影響し、匂いが人を惹き付ける。それは特定の個人であったり、多人数であったり、人それぞれだ。

一生匂いに鈍感な者もいれば、何人もの匂いに惹き付けられ人生を狂わされる者もいるという。

私はちらりと椿を見た。背筋を伸ばそうとしているが、喘息発作で癖のついた猫背はなかなか直らない。黙っていればほっそりとした深窓の美少年のように見えるが、口を開けばヤンキーだ。でも根がオタクなので不良グループのレディースに入ったという噂は聞かない。三度の飯より読書が好きで、梅宮学園時代、食堂に現れない椿をよく図書館へ呼びに行った。一体図書館のどこに椿の言葉遣いをする主人公が描かれた本があるのか謎だ。梅宮学園の図書館は五棟に分かれている。気に入った本は図書館アプリでダウンロードしスマホで読むことも出来る。

そういえばレディースの抗争を扱った不良がテーマの漫画があったなと思い出す。そのうちに不良っぽい広島弁を習得しそうな見かけは美少年の椿に、私は心の中でそっと溜息をついた。

私達は一言も話さず廊下を移動する。

私達が勤める世界平和研究所は新宿戸山公園の地下に広がった巨大な施設だ。近くのW大学、N大学などの大学と、市ヶ谷にある世界平和省までは地下で繋がっている。バトルフィールドで行なわれるロボットを使ったゲームバトルは国家の基幹産業だ。

イマジネーションルームに入ると巨大なフロアにもの凄い数の白いソファーが置かれている。

「なんか……ふわっとする部屋だな」

知花が部屋に入ると部屋を見渡した。

「空気がちょっと重いね」

椿が両手を前に差しだし、何もないところを撫でるように動かした。

「よく気付いたな、知花、椿。このイマジネーションルームには最新ナノシステムが充填されている。皆、席に着け」

鳩谷所長が言うのと同時に、各ソファーの上に緑色のネームプレートが浮かび上がる。

「このプレート、3Dホログラムになっている」

松宮がプレートに手を入れて通過させた。

「このプレートもナノシステムによって出来ている。イマジネーション力によってナノシステムは動く」

鳩谷所長は中央にある少し大きめなソファーに座った。

「あと5秒でイマジネーションテストが行なわれる。ソファーに横たわれ」

きっちり5秒でイマジネーションテストが始まった。

目の前に広がる空間は子供の頃から見慣れているバトルフィールドだった。私は自分の体を見ると銃器が付いたドローンになっている。

ミッションが次々と目の前に浮かび上がる。前進、後退、飛行、的を破壊せよ、急速前進、急速後進、急速飛行……敵チームを倒せ。

バトルフィールドに突如現れる大量のドローン。そして十年前程に造られた数機の人型ロボット。

私は瞬時にバトルフィールドの現状を「認識」する。脳内に浮かび上がるバトルフィールドマップ。砂のような赤色と青色に分かれた大量のドローンと、赤い敵人型ロボット。爽やかな柑橘系の香りが私を包む。香りは私の体温と脈拍を上げた。強い興奮が訪れる。

私は味方ドローンで何層にも渡る壁を造り、一斉砲撃を敵にぶつけた。

敵ドローンの手前第一層が殲滅する。前列にいた敵の人型ロボットが地面に膝を付く。その直後、松宮が想像していた戦術が頭の中に流れ込んできた。

そして私は匂いが椿のものだと知る。敵からの攻撃を素早く避けながら次々と敵を打ち落とす椿から流れる匂いは私を包み込み、体を輝かせる。学園ではトップを競っていた梅宮が私の後ろで梅の枝を振る。梅の枝は梅宮に憑依された知花だ。桜姫のドローンがナノ化し、薄桃色の空気が味方チームを包み込み、知花から放たれた清らかな光が混じり合う。味方の銃器が変化する。この間、長く感じる一瞬。時間が止まったような一瞬。隙が出来るその一瞬。竹宮は私達梅宮学園同窓生七人を敵の攻撃から完璧に守り、椿と松宮が味方を狙う敵ドローンを打ち落としていた。

銃器が変化した瞬間。

味方ドローンが数体の敵人型ロボットを一体ずつ集中砲火し、次々と撃破していく。松宮が組んだ戦術は私の脳内で瞬時に微調整され

た後、全ドローンの動きとして実現化する。

敵・殲滅。

その文字と共に部屋がぱっと明るくなった。

「四分二十五秒〇三。悪くない数字だ。諸君、よくやった」

鳩谷所長が立ち上がる。

「だがこれはテスト用バトルフィールドに過ぎない。敵機体はもっと堅いし、もっと早い。そして日々新しい機体が生まれる。情報収集と訓練を怠らないように。では体力測定だ。指示された体力測定ルートを周り、終わったら世界平和省に移動する」

私達は体力測定をし、世界平和省へと移動した。

市ヶ谷にある世界平和省はバトルフィールドで行なわれるゲーム産業全体を担当している。現代、市街地や遺跡を壊すような戦争はほぼなくなった。替わりに生まれたのが世界各地にあるバトルフィールドで行なわれるゲームだ。国家、企業、個人がその時々でAチームとBチームに分かれ、巨大人型ロボット、戦車、戦闘機、ドローンなどを闘わせる。マシンは全て遠隔操作だ。戦争で人が死ぬことも無くなった。その遠隔操作に使われるのがナノシステム。ナノマシンで包まれたイマジネーションルームに入った想像力者達は、遠い地にあるマシンを動かし、バトルをする。国、企業、個人はゲームの勝敗にBETし、勝ったチームには巨額な賞金が支払われる。そのマネーは貧しいN国にとって重要で、勝てば物流が安定する。、どこの家庭にもある物流時計が数日から数ヶ月動き、国民がほっとする。物流時計が零日を指すとN国の物流が完全に止まる。

「私達はゲームに勝ち続けなければならない!」

世界平和大臣は壇上から見下ろしながら、入省式で叫んだ。

「ゲームでの敗北は国民の死を意味する。物流時計が零日になれば餓死者が出る。そうではありません! 零日に近付けば近付く程、国内の資金は減っていく。貧しい地域の人間から死んでいくのです! バトルフィールドでのゲームは国民の生を左右している! それをゲームを管轄する世界平和省の職員は絶対に忘れてはいけません!」

そう大臣が話す後ろで、デジタル表示された巨大な物流時計がぱらぱらぱらと数値を減らしていく。

私は夕食は鶏肉がいいなと考えながら、物流時計を見つめていた。

 

 

椿からいい匂いがする。

私は椿の後ろを歩きながら考えていた。

第三次性徴期に入ると人からは特殊な匂いがするようになる。

その匂いはその人のパートナー候補にしか嗅げないと授業で教わった。

椿は前からこんないい匂いがしていただろうか。あのイマジネーションテストの時、初めて感じた狂おしい香り。

これは椿が第三次性徴期になったということなのか。そして椿のパートナー候補が私?

私は彼女の背中をじっと見た。今も香りは私の鼻をくすぐり、興奮を誘う。柔らかそうな黒髪。いや、実際、椿の髪の毛は細く柔らかい。そして輝き天使の輪が出来ている。本当に椿からこの匂いは漂ってきているのか? 私は目の前の黒い髪の毛を嗅いだ。やはり椿の匂いだ。髪の毛は濃厚な艶のある匂いに包まれていた。

「百合愛ってば、大胆! 椿の髪に鼻をくっつけて匂いを嗅いじゃって! ……って、もしかして椿って第三次性徴期来たの?」

桜姫が椿をからかう。

椿がばっと後ろを振り向いた。

「ゆり……あっ!」

私の唇が椿の前髪に触れ、キスをする。濃厚な香りを吸い込み、私は鼓動を早めた。

「ば、ば、ば、馬鹿野郎! な、な、ナニ、ナニ、キスを……」

椿がばっと前髪を手で押さえた。

「そういえばイマジネーションテストの時、椿から薄い膜みたいな物が百合愛に流れていて、それに包まれたら百合愛の能力数値が上がったんだよな」

松宮が私達を見下ろしながら、ふむ、と言う。

「アタシも見た~。赤くてちっちゃいハートが椿から百合愛にピヨピヨ~って飛んでいって、百合愛の体を包んだかと思ったら、百合愛の体からもちっちゃいハートが飛んでいってもう大混戦! そうしたら百合愛がぱーって光って天使みたいになってさ、もう凄く綺麗で興奮しちゃった!」

桜姫が頬を赤くしながらそう言うと、梅宮が「私が見たものと違う」と呟く。

「授業で習ったとはいえ、目の前の映像がこれほど違って見えるとナノシステムというものに驚愕しますね。私には椿の……」

竹宮が真面目な表情で言うのを椿が遮った。

「ちょっ! ちょっと待てよ! なにテメーら恥ずかしいコト言ってるんだよ! ありえない! なんだよ、小さなハートがピヨピヨって!」

「へぇ、気付いてないんだ~」

桜姫がにやっと笑って口に手をあてる。

「椿は凄いスピードでエリアを移動して敵を撃墜していましたけど、百合愛への防御は完璧でしたからね。まるで後ろに目が付いているかのように動き、周辺の味方を守るように闘っているのに百合愛へ攻撃する敵へは2コンマ早く撃墜していて凄かった」

「あ、そういえば何回か竹宮に助けてもらったな。ありがとう」

「椿。百合愛を守るのに一生懸命でたまに隙が出来てましたよ」

竹宮が溜息を吐く。

「まったく今回の百合愛には魂が振り回されて散々だったぞ。なんだ、あの強引さは」

魂が振り回される。梅宮の独特の言い回しだ。

「そう言う割にはいつもより協力的だったな。あれはなんだ? 梅宮が梅の枝を振って祝詞を唱えていた。それであれ、あの梅の枝、知花だろ?」

私は知花を見る。彼の顔は青ざめていた。

「…………覚えていない」

皆が一斉に知花を見る。

「……覚えていないんだ……イマジネーションテストの記憶がないんだ……俺、何をしていたんだ? 早くに撃墜されたのか? 俺、早々に首かも……」

「気にするな、依り代よ」

梅宮が知花を見上げる。

「お前が依り代体質だったとはな。知花。イマジネーションテストの記憶がないのは私の依り代になったからだ」

「よ……依り代って……あの……お婆ちゃん達がやってたやつか?」

「梅宮様の神力が発動したのは良き依り代が近くにいたからですか。……はぁ。梅宮様の依り代になれるとは羨ましい」

竹宮が苦々しい表情で知花を見た。

「え? 梅宮の依り代ってなに? ……俺の意思は無視なの?」

「依り代に意思があるわけないだろ」

ふんっと笑いながら梅宮が知花に言った。

「ねぇ、梅宮。知花を依り代にする時ってどんな感じ? アタシには梅宮が知花を丸裸にして」

「桜姫! お、お前、イマジネーションテスト中にナニ見てんだよ! 俺が裸って!?」

「そりゃあ、ナニ見てたのよ。裸の知花に梅宮がキスしながらなんかを流し込んでてさ。知花なんて頬染めてうっとりした顔で梅宮を見て。エロかったわ」

「サ、サイテーだな、お前!」

「もっと褒めて」

「最低は褒め言葉じゃない!」

知花が真っ赤になり、ぷりぷり怒りながら住居エリアへと走っていった。

「相変わらずウブなやつ~」

桜姫がケラケラと笑う。

「ゲーム中、それぞれが見える景色は違うということか」

私がそう言うと、竹宮が頷いた。

「オレには点、丸、矢印にしか見えなかった。確かにシミュレーションゲームと一緒だと感心していたのだが皆、バラバラなのか」

「松宮のそのバトルマップ、私の思考に流れてきて助かった。戦術がサポートされて即実行に移せたからな」

「頭の中身が読まれたのか」

松宮が驚愕し、私を見た。

「集中していたからだろう。そうやって相手の頭の中身が見えることってないか? チェスとかやっている時」

「見えるっていうか、数手先が読める時はあるが、あれは経験と知識によるものだろう」

「そうだな。でもそれとは違うような。松宮が考えているその戦術ボードが脳内に存在している感じだった」

「へぇ。百合愛はいつも松宮とチェスやっているから……な」

椿がちょっと唇を尖らせて言う。可愛い顔をしているが少し寂しそうな瞳をこちらに向ける。

心が揺さぶられる。柑橘系の香りに少し甘さが混ざる。目眩がしそうだ。

「やだ~、椿、松宮にヤキモチ? 大丈夫よ、百合愛は椿一筋だから」

「それはない!」

「それはない!」

私と椿が同時に叫ぶ。

同時にお互いの瞳が悲しみに濡れ、私は椿から目を逸らした。

そうだ。私と椿は仲が悪い。それはもう六才の頃から椿には目の敵にされていた。仲良くしたいと手を伸ばしても、微笑んでも、手は弾かれ、悪口で返される。

そうだ……私達は仲が悪いんだ。私は椿に好かれていない。だからパートナー候補になっても、パートナーになるのはありえない。

「つばき~、そろそろ自分の気持ちに正直になりなさいよ」

「なんだそれ? 桜姫はすぐ百合愛の言うことを聞くからな。百合愛や梅宮はすぐ他人を支配下に置くからイヤなんだよ。それも意識せずに」

「梅宮様に反抗する椿がおかしい」

「うるせえよ、腰巾着竹宮。お前の綺麗な梅宮家執事スーツでトイレでも拭いてやろうか?」

「自らすすんでトイレ掃除をするとは良い心がけですね、椿」

「ほんっと、コイツ、むかつくわ」

椿が竹宮にふんっと鼻を鳴らした。

「部屋の掃除が出来ない椿がトイレ掃除なんて出来るわけないじゃない」

桜姫がころころと笑った。

「……この間、掃除した」

「いつよ。もう枕元に沢山、本が積み上がってるじゃない。夜中、ベッドから崩れ落ちた本を百合愛が整理しているの、椿、知らないでしょ?」

桜姫がそう言うと、椿がキッと私を睨んだ。

「勝手に人の本に触るな」

「夜中、耳元で本雪崩の音を聞いて起きるこっちの身にもなってみろ」

「あぁ、ごめんな! 本当に悪かったわ! おい、梅宮。寝る位置取り替えようぜ」

梅宮は私とは真逆の位置に寝ている。

私が梅宮に不快感を示すと、梅宮がいやらしい笑みを浮かべる。

「いいぞ、椿。私も夜中に抜け出しやすくなる」

「おやめ下さい、梅宮様!」

竹宮が叫ぶ。

「おい、百合愛! そうなったらオレとベッドを交換しろ!」

梅宮のSPである松宮がこっちを睨む。

「松宮が百合愛と場所を交換したら、また私の横で、梅宮と場所替えした意味がないだろ!?」

椿が松宮に文句を言った。

「椿。無駄よ。あなたは百合愛から離れられない運命なの。諦めなさい」

「桜姫、なんだよ、いきなり離れられない運命とかって言うなよ。知花、お待たせ」

部屋に入り、椿が知花に手を振ると、知花が椅子に座り、腕を組みながら言った。

「みんな、遅いよ。はぁ~、それにしてもイマジネーションルームの空気は重たかった」

「あのねっとりとした空気にナノマシンが含まれているんだろうな」

椿がベッドに横たわり本を読み始めた。

「空気……というかピリピリした空気だったな。緊張とも違う。なにか押し寄せる感情のようなものに感じた」

私が制服を脱ぎ、トレーニングウェアに着替えていると、竹宮に制服を脱がされている梅宮がむっとして言う。

「確かに百合愛は無意識のうちに人を支配下に置くな。私の抵抗など無視して魂を引っ張っていった。そして……」

梅宮が椿を見る。

「その百合愛の能力を増幅したのがお前だ、椿」

「はぁ? ナニソレ、百合愛の能力を増幅とか、ウケる。百合愛を蹴り飛ばしても、協力なんてありえねぇ」

「馬鹿か、お前は。これは国民の命がBETされた仕事でチーム戦だ。もう少し協力って言葉を覚えろ。今回のイマジネーションテストでも一人で突っ走り、竹宮の手を患わせおって」

「悪かったな。そんなに大切な腰巾着なら腰にちゃんと巻いてろよ」

「私はしっかり梅宮様の腰に巻き付いていますからご心配なく。椿を助けたのは私の仕事のついでみたいなものです。椿にイマジネーションテストで低い点数を取られたら、梅宮学園の沽券に関わりますからね」

「はいはい、コケン、コケン」

「椿、さんずいに古いの沽、入場券の券だ」

私が口を挟むと、椿が睨んだ。

「百合愛のそういうところが嫌いなんだよ」

そう言いながら椿の匂いに含まれる甘さが強くなり、私を惑わせる。口で嫌みを言いつつ、私を惹き付ける椿。

「椿、制服を着替えてからベッドに横たわれ。子供か。さっさとトレーニングウェアに着替えろ。お前は瞬発力があっても喘息で持久力がない。長期戦になったら不利だぞ」

「おう、松宮。そうだな。お前、どのマシンからやる? それともプール?」

「新入りがプールやマシンを使える時間は決まってる。走るぞ」

「えー、それ喘息の発作が出るからヤダ」

「わかった。お前の速度に合わせてやるから」

「本当? あ、梅宮も同じ速度だからか。まぁいいや、梅宮、一緒にゆっくり走ろう。っていうかウォーキングしよう」

梅宮は生まれつき骨形成不全症を患っている。身長も伸びず病気で寝込むことも多い。梅宮家の宗主は何故か代々何かしらの病気を患い、小人症になる者が多いと聞く。そして謎の神力とやらを持っていて、依り代を自由に操れるとは驚きだ。確かにイマジネーションテストで目の当たりにしないと信じられない現象だ。あの時、確かに知花は梅の枝に変化し、梅宮の依り代になっていた。

イマジネーション力は多様なテストで数値化されているが、高得点を出す者の殆どが何かしらの病気を患っている。梅宮学園トップ7と呼ばれた私達の中で椿は喘息とアレルギー持ち、梅宮は骨形成不全症、竹宮は両性具有でホルモンバランスと日々闘っている、桜姫は腎臓病、知花は虚弱体質でアレルギー持ちだ。健康体なのは私と松宮だけ。私は母譲りの想像力が高く、松宮は何事においてもシミュレーションする訓練を受けていて先読みが鋭いし勘もいい。バトルフィールドが出来る少し前から、イマジネーション力が高い生徒が優先的に入学させ訓練する学校となっている梅宮学園は結果的に病人の生徒が多い。恐らくベッドの上で病に苦しみながら、頭の中で想像する楽園だけが心の支えである者が必然的にイマジネーション力高得点者になったのだ。

夜中に喘息発作を起こしている椿を見ていると、そう思う。息が出来ず苦しみながら、椿の瞳は宙をさまよい何かを夢見ている。

そこは楽園なのか。地獄なのか。私には分からないが、椿は苦しみながら夢を見ているのだ。

 

続く→ 夏コミに出そうと思っていたのですが落としたので、冬コミに乞うご期待☆