【百合小説】『夢見女館~不幸倶楽部~』(藤間紫苑 1998年)
女性会員のみというバーに私が初めて行ったのは、クリスマスシーズンの事だった。世間は不況だと言われていたが、いまいちピンとこない私は浪費をし続け、新しいバーを開拓するべく、ブティックの店員に聞いた「夢見女館」へと向かった。
新宿御苑内に夢見女館はあるのよ……。
そう私は聞いたが半信半疑だった。そもそも新宿御苑は入場時間が決まっていたような気がする……本当に、夜なんかに開いているのだろうか。しかし美味しいカクテルを出すと評判だったので私は夜の新宿御苑に向かう事にした。
開いてる。新宿御苑の門は、人が入れる隙間を残して開いていた。私は驚き、入ってもいいのかな? と思いながら、門をくぐった。一番目立つ桜の樹の下にあると聞いたが、どれが桜の樹なのか私には判断出来なかった。私は暗闇の中に建物のようなものを見つけ、そちらの方向へと歩いていった。
古く小さな煉瓦造りの洋館の入口には夢見女館という木製のプレートが飾られていた。私が扉を開けて入ると細長い廊下があり、赤い絨毯が敷かれていた。扉を入ってすぐバーの店内で無いことに私は驚いた。廊下にはローズ色のロングドレスを着た女性が立っていた。
「いらっしゃいませ。初めてのお客様ですか。私、藍と申します」
「あ、どうも。私、理沙です。宜しく。知り合いにこの店の評判を聞いてきました。とても美味しいカクテルを出されるそうですね」
「まぁ……有難うございます」
私は廊下の奥の店内へと案内された。コートを藍に渡すと彼女はクローゼットにしまった。
店の中は想像していたものより大きく、ソファー席が多かった。人々は店員と楽しそうに談話していた。
「なんか明るいお店ですね」
「ええ、お酒を飲んで長話をして、皆さん楽しく遊んでいきますわ。世の中は不景気だそうですけど、この店では誰でも幸せになれるのです」
私はメニューに載っているカクテル『夢見女館』を注文した。一人一杯のみ五千円というカクテルは少々高く感じたが、サービス料金等が無かったので、まぁいいか、と思った。カクテルはそれ一種類しか載っていなかった。この一種類しかないカクテルが、ブティックの店員が興奮しながら話していた飲み物かと思うと、それだけで妄想が膨らんでいった。
横のテーブルから明るい笑い声が聞えてきた。何が楽しいのかは分からないが、人生を幸せに感じているような笑い声だった。私はふふっと笑った。
「幸せかぁ……藍さんって今、幸せですか?」
「ええ、特別不自由を感じた事はありませんね。お客様にも大切にされていますし」
「私……私も幸せなんです。でも私の母はとても不幸が好きな人で、いつも暗い顔をして自分が不幸じゃないと気が済まないんです。私はそんな母が厭で進学と同時に家を出たんですけど、また会社の人間が不幸が好きで好きで。
私、日本が不況でも、会社の売上が落ちても不幸じゃないし、別にお給料が増えなくても今の生活に満足してますし。そう言うと同僚達に笑われるんです。でもからかわれるからといって不幸かというと特別不幸じゃありませんし。家に帰って一人でゲームしてると幸せな気分になりますし。
だけど……たまに思うんです。もしかしたら不幸になった方がいいのかもしれないって。不幸だと言っている時の友人の顔も、不幸と嘆いている母の顔も、なんというか、その、とても気持ち良さそうなんです。あの……こんな話変ですか」
「まぁ理沙様、変なことなんてございませんよ」
私の前に紫色をしたカクテルが運ばれて来た。なんとも妖しい、女神のような色をしていた。
「藍色かと思ったら、紫色なんですね」
「ほほ、当店自慢のカクテルなんですよ。当店のカクテルは一人一杯のみと決まっていますので、ご注意あそばせ」
私はカクテル・夢見女館に少しだけ口を付けた。
体が浮く。一瞬風に吹かれて体が浮いたような感覚をおぼえた。味はどんなふうだったのか、あまり思い出せなかった。体がふっ、と軽くなってから肩の疲れが取れたような錯覚をおぼえた。私の目の前には店内が広がっていて目の高さも変わっていないのに、私は岩棚の上空を飛んでいるような……そんな不思議な触覚だった。
尻の辺りにソファーの、つるつるした感覚が戻ってくると、口にはミントを噛んだような爽やかさが残っていた。カクテルはミント味だったのだろうか、それとも何か麻薬なような成分が含まれていたのだろうか。私はグラスに残った紫色の液体を見つめた。
「なんか……こう……そ、空を飛んだような……」
「ほほ、後味がすっきりしていますでしょう?」
空を飛ぶことは決して不快な事ではなかったので、私はそれ以上カクテルについて言うのを止めた。
「……藍さんはどうして不幸を求める人がいると思います?」
「理沙様。不幸というのは快楽の一種なのでございますよ」
「不幸が快楽の一種? でも私は気持ち良いとはあまり思えないんですけど」
「そうですね。不幸というのは幸せと表裏一体でございますから。
そうですわ、理沙様も不幸倶楽部をご見学なさってはいかがですか?」
「不幸倶楽部?」
「ええ、不幸になる事によって快楽を得る方々が、不幸を追究するために開いている倶楽部でございます。当店の地下一階で開催されています。ただ私も理沙様も会員ではありませんから、会員の方々に奉仕する役目になりますが」
「奉仕……ですか」
「ええ、会員の方々を笑ったり苛めたり……彼女達は不幸になることによってさらに快楽を得るわけですから、ギャラリーはそうやって協力するわけです」
私はカクテルの残りを飲み干した。私は目を閉じて体の感覚に身を任せた。
体が風に流されて飛ぶ感覚。羽根マリオになって飛んでいるようでとても気持ちが良かった。気分はとても上々で、私は何にでもチャレンジしてみたくなった。
「行きましょう、藍さん。それってとても面白いかもしれないわ」
「それでは行きましょうか」
藍は立ち上がり、こちらへと私を導いた。私達はカウンター席の横にある扉を開け、長い廊下の先にある階段で地下へと降りた。階段は螺旋状になっており、下へ下へと続いていた。
「なんかとっても深そうですね」
「ええ、私はまだ地下五階くらいまでしか降りたことがありませんので、何階まで続いているか知りませんが、とても深く掘られているそうですよ。ああ、この部屋です」
地下一階には長く広い廊下があった。その両側に五枚ずつ大きな扉があり、各々に金のプレートが嵌め込まれていた。中には「トップレス愛好家」と書かれたプレートもあった。
<不幸倶楽部>
言葉で語るだけではなく文字で見ると「不幸倶楽部」という言葉はかなり衝撃的であった。不幸を探究する会だと藍が言っていたが、探究してどうするのだろうという疑問を私は抱いた。
「ひぃー」
扉を開くと、女の高い叫び声が部屋のあちらこちらから聞えてきた。音が壁に反射して部屋中に女の悲鳴が響き渡っていた。黒い絨毯の上に俯して泣き続ける女、壁を叩きながら怒鳴り狂う女、拳を強く握りながら直立し天井を見つめながら泣き叫ぶ女。
私は女達の高い悲鳴に微かな興奮を覚えた。聞きなれた悲鳴と狂気の空間が私の体を緊張させた。
女達は思いおもいの体勢で泣き続けていた。共通点といえば壁から伸びる鎖に繋がれていることだろう。
「藍さん、どうして彼女達は鎖に繋がれているのですか?」
「ここは倶楽部ですから、酷く落ち込む事も、叫ぶ事も自由です。ただ泣くというのは感情のテンションが上がる行為ですので、たまに我を忘れ、ここが倶楽部だということも忘れて興奮して他の人に危害を加える人がいるのです。ですから会員の方々が自分達を鎖で束縛するという規則を決めたようです。理沙様はここに来るのが初めてですから、籠の中に居る方を見に行きましょう」
私は繋がれた人を見ながら巨大な鳥籠のようなものの傍へと向かった。
「ひぃー」
籠の中にいる女は鉄の柵を揺さ振り、泣き続けた。黒く美しいロングヘアをくしゃくしゃにし、浴衣を乱しながら、観客に助けを求めていた。
「助けて、助けて、助けてー」
彼女の恐怖に引きつった顔を見ていると、自ら籠に入った人とはとても思えなかった。私は藍と一緒に籠の横に置いてある大きめのソファーに座った。お店に置いてある物よりも高そうな椅子で、これも会員の会費で買ったのかしら、と私は思った。
「なんか、本気で助けを求めているようだわ」
「会員は気分を盛り上げれば盛り上げるだけ快楽が得られるわけですから。特にこの鳥籠の中に入れる会員は古株の方です。理沙様が心配する必要などありません。私達はただ見ていれば良いのです」
私達の前には小さなテーブルが置かれ、ミルクティーとシナモンクッキーが運ばれてきた。目の前では女が狂乱しながら私達に助けを求めているというのに、甘いお菓子を食べながらショーを見ているというのは、なんとも不思議な感じだった。私達の周りにはソファーが幾つも並べられ、見物する女性達が集まってきていた。見物人の中にはビキニの上に薄布を纏っただけの女性もいて、横の女性達(夢見女館の店員?)とキスをしたり胸を触りっこしたりしていた。私は恥ずかしくなり、彼女達の方を極力見ないようにした。
「理沙様、足元の方、失礼いたします」
白衣を着た女性が私の足元に座り、マッサージはいかがですか? と聞いてきた。
「え、お幾らなんですか?」
「この会は会員の会費によってまかなわれていますから、ギャラリーの方は無料となっています。マッサージもサービスとなっています」
「まぁ、嬉しい。是非お願いします」
私は藍にとても贅沢な催しなんですね、と言った。藍は不幸倶楽部の会費はとても高いそうですよ、と私の耳元で囁いた。そういえばよく見ると会員の女性達は壮年層が多いように思える。きっと有閑マダムや企業家が多いのだろう。どちらにしても私には縁遠い存在だった。
キャー、と観客達が黄色い悲鳴をあげた。その声と共に鞭を持って金色の衣装に身を包んだ女性二人が籠の中へと入って行った。彼女達の金で出来たようなつるつるした衣装に私は見惚れた。女性達は百九十センチメートルはありそうな長身で、髪をスポーツ刈りにしている者と、島村ジョーのように前髪を横分けにして長く伸ばしている者がいた。二人とも短髪だったが男性っぽいかというとそうではなく、きっちり化粧をしているのでモデルのような雰囲気だった。彼女達は鞭を振るいながら、観客の方を向いてお辞儀をした。どうも何かショーのようなものが始まるようだった。
「ヒィー」
籠の中にいた浴衣の女は、狭い入れ物の中を走り、彼女達と反対側へと逃げて行った。金色の女性達は手に手錠を持ち、浴衣の女を追いかけ回した。
「いやぁー、助けて、いやー」
浴衣の女は長い髪をスポーツ刈りの女性に掴まれ、引っ張り回された。私はその光景に興奮し、やや前のめりになって見入った。
「なんか興奮しますね、藍さん。きっと私は母を浴衣のあの人と重ねて見てしまっているんです。そう、こんな風に暴力を奮えたらどんなに幸せなのかしら」
「一度、暴力を奮ってみたらいかがですか? 案外、理沙様のお母様もお喜びになるかもしれませんよ」
私は藍の言葉にドキドキしながらも、コクリと頷いた。
「それにここに来て思いませんか? 理沙様のお母様が作られていた環境は、理沙様にとって暴力的といえるのです。暴力というのは手をあげた事だけを指すわけじゃありません。理沙様のお母様のようにいつも泣いて暮らして、理沙様にとても辛い生活を強いたというのも暴力といえるのです」
「私、そんな風に思った事はなかったわ。ただ母は辛い事の連続で不幸なのだと、でもちょっと一緒に暮らすのは厭だと思っただけなんですけど……でも冷静に考えてみれば暴力を受けていたような気がするわ」
「親の仕打ちを愛ではなく暴力だと思えるようになってこそ、人は一人前になるのです」
浴衣の女は暫くの間、スポーツ刈りの女性に髪を掴まれ引き摺り回されていた。私は母の事をこのように引き摺り回す事が出来るのだろうか、と考えていた。浴衣の女はぐったりとしたまま、長身の女性達に腕を掴まれ立たされて、手錠を嵌められ、籠の天井に吊るされた。足も鐙のような物に乗せられ、体は宙に浮き、ブランコに乗っているみたいにゆらゆらと揺れた。
「操り人形のようになってしまったわ」
浴衣の上で鈍い音を鳴らしながら鞭がしなると、長髪の女はひっ、と言って体を強張らせた。巨大な鳥籠の中には今までと違った緊張感が走った。
長髪の女は高い悲鳴を上げなくなり、鞭が体を舐める度に、ひっ、ひっ、っとひゃっくりのように息を詰まらせた。
次第に、女性の浴衣には赤い染みが広がっていった。私はこの女性は死んでしまうのではないかと心配して周囲を見渡した。ソファーに座る観客達の中には心配そうに籠の中を見つめる人もいたが、その多くは夢見女館の店員やマーサージ師と談笑しながらショーを見ていた。
りんりん、と何処からか小さな鐘の音が響くと、短髪の女性達は鞭を振るう手を止めた。どうも長髪の女(彼女は不幸倶楽部の会員だと思われる)が、手元にある鐘用の紐を引っ張ったらしい。私はほう、っと大きく溜め息を吐いた。
「……もう、びっくりしてしまったわ。彼女、あんなに血が出ているんですもの。そうよね、これってショーなんですものね」
「ほほ、初めてだとちょっと刺激が強いかもしれませんねぇ」
「もう、藍さんたら……だって私、あんなに血が出ているのを生で見たのは初めてで、……はぁ、驚いた」
短髪の女性達は長髪の女の浴衣の帯を外し、布を切り裂いて浴衣を脱がした。
「藍さん、ちょっと、ちょと、は、はだ……」
私はそれ以上言おうとしたが、急に恥ずかしくなり黙った。籠の中の女が裸になっても、周囲には取り乱す観客はいなかった。観客の中には自らがイヤラシイ行為に耽っている者もいた。私は溢れ出てくる唾を飲み込みながら、ショーを見た。唾液は飲んでも飲んでも出てきて、私は喉を鳴らす動作が恥ずかしくて仕方がなかった。
長髪の女の体は鞭の跡で腫れていて、所々血が溢れ出てきていた。この状態では服を脱がしたほうが傷にはいいわね、などと私は思っていた。女性の裸など修学旅行の大浴場以来見たことがない私には、裸になった女性を前にして言い訳無しに見ることが出来なかった。
長髪の女はいかにも不幸そうな顔つきで息を乱し、俯いていた。下着も着けていなかったので、陰毛まで見えていた。女の肌や乳には張りが無く、体全体から不幸が漂ってきていた。
「……藍さん、この方って不幸倶楽部の会員……なんですよね」
「ええ、彼女はああして快楽に身を投じているのです。なかなか分かり辛い事ですけど」
「私の母もきっと会員になる要素があるんだと思います。だって彼女のあの姿。不幸そうな雰囲気。どうしてあんなに迷惑な存在なのに、自分は不幸で可哀相な存在だっていって同情をかおうと思っているのかしら。存在悪だわ。ちょっとは恥ずかしく思わないのかしら」
「ふふ、もっとなじってやってあげて下さい。それでこそギャラリーですわ」
「……でもこうする事で彼女の快楽が満たされるなんて、なんか納得いかないわ、あっ」
急に足の指先がぬるっとしたものに包まれ、体中に痺れを感じたので驚き、私は足を引っ込めた。口を窄めたマッサージ師は驚いた様子で私を見つめた。
「あ、貴女、一体いま何をしたの?」
「はい、マッサージですが?」
私は驚いて藍の方を見た。藍は唇の端を少し上げ、微笑んだ。
「気持ち良くはなかったですか? 理沙様」
「いえ……、その」
気持ち良くないと言えば嘘になるだろう。足の指をマッサージ師の口に含まれ舌で舐められた感触は思いのほか気持ち良く、私は性的興奮を覚えた。体中に軽い電気が走ったような快感で、私は下着を少し湿らせていた。マッサージ師は微笑み、自分の手に私の足を乗せるように催促した。私は黙って、足をマッサージ師の手の上へと戻した。
マッサージ師は足の指を一本ずつ口に銜え、丁寧に舌で舐めた。マッサージなのか洗浄なのか分からないが、その行為は非常に気持ち良かった。温かく湿った口の中で、足の指の間まで弄くり回された。私の下着はしっとりと濡れていった。
私の目の前では長髪の女が、刈り上げの女性の掌に取り付けた器具を舐めていた。器具はマーメイドの形をしている、女性用の大人のおもちゃのようだった。刈り上げの女性は、会員の長い髪を引っ張り、掌のピンク色の器具をぐいぐいと女の口へと押し付けていた。私はそれを見ながら、ああ、女性は女性を手で犯すのね、と妙な納得をしていた。
長髪の女はとても苦しそうに器具を口の奥深くまで銜えていた。あまりにも苦しそうなので、これは本当はショーではなく、レイプなのではないかと勘違いしてしまいそうだった。横分けの女性は両手に花の形をした器具を取り付け、腰をくねらせながら長い髪の女性と後ろから密着していた。横分けの女性は両手に装備した大人のおもちゃを、血だらけになった会員の胸に押し付け、乳首を弄っていた。横分けの女性の金色の衣装は、ぬるぬるした血によって赤く汚れていった。金色の服の上を血がつーっと流れていった。水をはじくような素材で出来ているようで、それがまた服を金のように見せるのだった。
会員の皮膚の上から滲み出る血の色は、生理の血の色よりも鮮やかで華やかだった。
髪を横分けにした女性が、会員の尻へと鞭を振るった。あっ、と言う間もなく会員の尻の皮膚は破け、めくりあがり、血が飛び散った。私はあまりの光景に驚き、目を伏せた。
「がぎぃぃぃぃ」
髪の長い女は、口に器具を銜えたまま怪物のような醜い悲鳴を上げた。人間の喉から発しているとは思えない恐ろしい声だった。見ているだけで彼女を助ける事が出来ないギャラリーにさえ、彼女の呪いが降りかかってきそうだった。
「藍さん、私、怖いわ」
「大丈夫ですわ、理沙様」
私は藍の胸に抱かれた。私は藍に背中を撫でられ、それから唇を奪われた。私は恐ろしさから逃れるように、藍の頭を抱え、キスをした。私と藍の歯は思いきりぶつかり、がちがちと音を立てた。
横分けの女性は、会員の血を器具に付けると、宙に浮いた血だらけの股の間へと花の形をした器具を埋め込んだ。両手の器具が会員の股へと埋まると、横分けの女性は会員の体を押してブランコに乗っているように揺らした。会員は痛い、痛いと続けざまに叫んだ。
だが会員は鐘を鳴らさなかった。きっと彼女にとってこの行為は許容範囲なのだろう。会員の元々不幸そうに歪んだ顔が、痛みで一層グロテスクに歪み、そこには醜さしかなかった。体中から血が滲み出て、赤と青に腫れ上がり、尻の方に至っては皮が無残に捲れ上がっていた。髪を掴まれ、口や股の間に器具を押し付けられた女性は、私の目の前でゆらゆらと揺られながら、不幸という快楽に酔っていた。
藍は私のベルトを外し、レースのショーツの中へと右手を挿し込んでいた。私はレズ行為が好きでは無かったが、藍の触り方はとても気持ちが良かったので拒否する事なく身を任せていた。
藍は私の背中を左手で抱き、右手で私の女性器を弄った。私は藍とマッサージ師に触れられ、体が震えるような快感を覚えた。私はいつしかズボンを脱ぎ、藍の指を受け入れていた。藍は私の体内のむず痒い所を長い指でくすぐり、私を興奮させた。
「あ、あっ、あっ」
藍は私の女性器に触れた。藍の指が陰核の上を滑ると、私の体全体がビクッと震えた。しかし最初の辛いような厳しい快感は、次第に深い快楽へと変わっていった。
私の目の前で繰り広げられるショーは一段と激しいものとなっていった。会員の傷だらけになった肌の上には奇妙な虫のようなものが這っていた。女の不幸が激しくなる程、ショーは観客に飽きられ、一人、二人と見なくなっていった。観客達は自分の快楽に溺れていった。私も例外ではなく、藍とマッサージ師に性感帯を攻められ、いつしかセックスに溺れているのだった。私は藍とマッサージ師の女性器の中へと指を入れ、男のように彼女達を悦ばせていた。部屋には不幸な女達の泣き声が響いていたが、私は藍達とのセックスに夢中になり、不幸倶楽部の会員達の事などどうでもよくなっていた。私はいく事を知らなかったので、体が疲れるまでの長い間、セックスを続けていた。私は何人もの女性器へと指を入れ、私の体を何人もの女性が嘗め回して行った。私は何人もの女性の足の指を銜え、また浣腸を受けてあひるのおまるへと脱糞した。私の糞の付いた尻の穴を誰かが舐め、私は糞が付いた誰かの尻の穴を舐めた。
私にとっての初めての他人とのセックスは、大勢の女性達との乱交となった。女性とのセックスも乱交も浣腸も、想像していたような汚らしいものではなく、むしろ明るく楽しく、ほのぼのとした行為だった。
「ああ、とても楽しかったわ、藍さん」
「楽しんで頂けて光栄です。理沙様」
私は真っ裸のまま藍を抱き締めた。藍もいつしか裸になっていた。
鳥籠の中では未だに会員へのプレイが行なわれていた。会員は妊娠しているのではないかと思える程、腹に液体を流し込まれていた。
「ああ、もうすっかり忘れていたわ。なんて不幸そうな姿!」
「無視なされば良いのです、理沙様。不幸倶楽部の会員は不幸こそが快楽。ギャラリーに無視されていようとも、彼女は満足しているのです」
「……歪んでいるわ」
「私達は私達の快楽を追究していれば良いのです」
私と藍はキスをして、互いの口に舌を入れ合った。私は歯をぶつける事無く、藍と長い間キスをした。
母の不幸な顔がいつか今のように、不幸倶楽部の会員を見る時のように、観客として見られる時が来るのだろうか、と私は漠然と思った。そしてもし財産が出来たら、母を不幸倶楽部の会員にしてあげようと思った。
母は喜ぶだろうか、と想像してからそんな事は無いと思った。きっとまたあの不幸そうな表情をするのだ、不幸という快楽に瞳を濡らしながら。
<終>

 

初出 同人誌『少女帝国1998』