ベータばかりが住む山奥の村。そこで中里春人はシングルマザーである母と二人で暮らす。ある日、母に不幸が訪れ急死する、十八歳を迎えた春人は働くために都会へと初めて出る。
そこで出会うアルファ。
二人は惹かれ合い数日ベッドに籠もりセックスを続ける。
春人は自分がベータだと信じながら何度もなんども海野の精液を体内で受け入れる。
そんな二人のラブストーリー。

登場人物
・中里春人(なかざと はると)
一年前両親を亡くした18歳。奥野山高校卒業。オメガ
・海野一太郎(うみの いちたろう)
アルファ 春人を雇った会社社長。春人の村の隣町の議員の知人の息子。
 

「お世話になりました」
 僕は少し太っちょの大家さんに最後の挨拶をした。
「春ちゃん。こっちで就職すればいいのに。わざわざ都会に出るなんておばさん心配だわ。春ちゃんは身体が弱いから」
「いえ。大丈夫です。村長さんのお知り合いでいい社長さんだって聞きました。具合が悪いのも考慮してくれるって」
「本当かしら。ブラック会社とかだったら村に帰ってきなさい」
「はい」
 僕は中里春人(なかざと はると)。三月一日生まれの十八歳。昨日高校を卒業し十八歳の誕生日を迎え、生まれ育った山奥の村から今日、東京へ出る。
 去年、たった一人で僕を育ててくれた病弱な母が亡くなった。裏山へ山菜採りに行った時、途中の国道で拉致されて何日も行方不明になった。暴行され、山向こうのさらにむこうの街の長い間使われていなかった倉庫から遺体で発見されたのはクリスマスイブの夜。
 体内に残った大量の精子から犯人はすぐ確定し逮捕された。刑務所から出てきたばかりのぼんやりとした瞳をしたおじさんだった。前科も連続婦女暴行。しかし母は男に暴行されただけではなく殺された。とても残忍な殺され方をした。
 たった一人の肉親である母を亡くし一人になった僕を貸家の大家さんや、村長さんが高校卒業まで支えてくれた。それだけではなく高校卒業後の就職先を学校の先生や村長さんが一生懸命探してくれた。そして村長さんのお知り合いの議員さんの知人の息子さんの同級生がやっている会社を紹介された。
 僕はショルダーバッグを肩に掛け、村長さんと大家さんに挨拶をし、バスと電車を乗り継いで遠いとおい街・東京へと向かった。

 ◇

 東京はまるで森ににょきにょきと生える木々のように人間がいた。人をかき分けてやっと会社が入ったビルを見つける。
「ここの七階……」
 僕は高いビルを見上げた。初めて見る五階以上の建物。エレベーターに乗ると十五階まで階数がある。驚きだ。
 エレベーターを降りて会社のプレートを読む。
「『株式会社 カイ』ここだ」
 僕は髪を少し整えてから、ドアをノックした。するとドアがいきなり開き、事務所から長身の男が現れた。
「初めまして。僕は……」
 ドンッ。
 胸が苦しい。いきなりきた。激しい発作だ。
 身体の体温が上昇する。息が速くなる。汗が大量に流れ落ちる。こんな強い発作は初めてだ。それも次の発作まであと一ヶ月はあったはず。それなのに。 
「たす……」
 僕は床に膝をつき、彼を見上げる。山に流れる清流みたいな爽やかな匂いが僕を包み込む。気持ちいい匂いに包まれて、性的興奮が心拍数が上がる。
「ほっさ、が、たすけ……」
 発作はいつも三カ月おきにくる。母も同じ体質だった。親子の遺伝病か何かなのだろう。貧しい僕ら母子は病院に通ったことがなかったけど。
「匂いが強いな。発情期か? 抑制剤はどこだ?」
 発情期? 抑制剤?
「おい、持ってないのか?」
 僕は苦しく、彼のズボンの裾に縋り付いた。爽やかな水に包まれる。川の中を泳いでいるようだ。そうだ、発作が出た時、よく裏山の川に……。
 僕を抱き上げる男の腕。熱い身体が僕と混じり合う。
 息が上がる。必死になって僕は息を吐いて吸った。身体が熱い。乳首や性器が布に擦れて痛い。いつも熱が出て身体がむず痒くなり性器や乳首が勃起し、肛門がぬるぬるする。腹が緩くなっているのだろう。病気の症状だ。
「よこ、になるか、川で冷やせば……」
「川の水で発作をとめていたのか」
 彼に手を強く引っ張られ僕は立ち上がり、事務所のさらに奥の部屋へ入りかなり大きなベッドの上に横たわった。ふかふかしていて気持ちがいい。
 彼が服を脱ぎ、床に投げ散らかす。そして僕のズボンや靴を乱暴に脱がす。
「あっ!」
 僕は性器が勃起しているのを思い出し身体を曲げようとした。病気の時、身体が熱くなり男性器が勃起する。かなり恥ずかしい症状だ。だから僕も母も、発作が起きた時は家に引きこもっていた。
 しかし彼は僕の下半身を押さえつけ、肛門からたれた液体で濡れてしまっている僕の下着をぐいっと脱がした。
「やっ!」
「初めてか?」
 男が僕の瞳をじっと見つめた。大きな茶色の瞳は濡れて、なにかを訴えているようだ。
「え? なにが?」
「誰かと寝たことは?」
「お、お母さん……」
「分かった、初めてだな。出来る限り優しくする」
 この人は医者かなにかなのだろうか。発作を止めてくれるのだろうか。それにしても何故、二人とも裸?
「この匂い……すげぇ」
 男が僕の首筋をクンクンと嗅ぐ。胸筋が密着してお互いの性器もぎゅっと肌に触れる。彼の男性器も勃起して……いる……? この大きな熱いのが、まさか男性器?
 僕は恐る恐る脚に吸い付く熱い棒を探し、触れた。
「うっ!」
「こ、これ……だ、男性器ですか? まさか? 大きすぎます……よね? ドクドクしてます」
 僕が熱い男性器の型を指でなぞり、太い部分をにぎにぎすると、上に乗る男の身体がビクビクッと震えた。
「凄い……亀頭がある……男性器だ……おっきい……」
 男は巨大な男性器を弄っていた僕の手を無理矢理離した。
「天然かよ! 悪い、もう入れるから」
 男は僕の両足をぐっと支えて持ち上げた。
「入れ……? っ! あああああっ!」
 ヌルリ。
 後ろの方にぬるんとした熱い塊が入ってくる。
 お尻? まさかお尻? 僕のお尻にまさか……。
「はああっうん!」
 ずんっと身体を一直線に貫く熱い塊。
 僕の体内が喜ぶように絡みつき、塊を嬲る。ぬるぬるする体内を熱く極太の棒がいやらしく前後する。その動きを止めようとするかのように僕の身体が勝手にしゃぶりつく。きゅうきゅうと体内が動いて太い男性器を締め付ける。凄く気持ちがいい。ぬるん。ぬるぬるん。パン! と尻に肉が当たる音がする。どんどん速くなっていく。女の子じゃなくて男とセックスしてる。ベータ同士のホモセックスだ。あ、あ、貫かれる。気持ちいい。
 子供の頃の授業を思い出す。女と男はさらにアルファ、ベータ、オメガに分かれるがアルファとオメガは稀少種だからこの村の人口ぐらいではなかなか産まれないと。そして女と男は二つに分かれるわけではなく間に両性具有がいると。その後、セックスの仕方やセーフセックスを学んで……。
「生……セーフ……セックス……コンドーム……」
 僕は男にコンドームをしているか尋ねた。
「悪い、後でする」
 後でしてもいいんだっけ? と授業の内容を思い出そうとするが、頭の中がズンズン貫かれる快感一色に染まる。
「ぬるんってしてて……ナマ……気持ち……いい」
 僕は腰を浮かせ、ぐるんぐるんと回した。きゅううっと体内が締まる。男の男性器の形状が背中に伝わる。奥の奥のさらに奥まで入ってる。
「くっ!」
 男が呻いた瞬間、体内に精液と思われるものが大量に流れ込んできた。

 なんていう初めてのセックスが一回で収まるわけがなく。僕らは三日間程、交わったまま腰を振り続けていた。たまに水やジュースを飲みながら。

「熱がひいた……」
 僕は彼が綺麗にしたベッドの上で横たわっていた。精液と唾液まみれの身体も彼が綺麗にホットタオルで拭いてくれた。
「アルファとセックスすれば発情は収束するからな。お前、オメガだろ。抑制剤を持ってないのは分かったが、アフターピルは持ってるか?」
「アフターピルってなんですか? そもそもオメガってうちの村にはいない稀少種ですよ?」
 男はベッドに横たわりながら僕のほっぺたを左右に引っ張った。
「ひたひ、ひたひ、ひたひ」
「村にいない稀少種じゃなくて、お、ま、え、が、オメガだって言ってるんだよ! バース検査は受けただろ?」
「うちの地域はバース検査予算がなくて、自費診断しろって言われてですね、一回二万円もするんですよ。二万円。我が家の一カ月分の食費と同額だったんでやってません」
「バース検査は十七歳までに三回やれっていうのが政府の方針だよな」
「計六万円とか無理でしょ。お母さんは一生懸命働いてくれていたけど、月の給料は雑貨屋さんと大家さんちの畑仕事の住み込み手伝いの合計で月十万円いくかいかないかでしたから。そこから社会保険料を払ったりノートとか服とかを買うとお金が残らないんです。僕はアルファやオメガみたいな要素もなかったし、いいかなって。見るからにベータですよね、僕って」
「こんなプンプン強い匂いをさせてるベータがいるかー! あー、お前の村はベータばかりだから気が付かれなかったのか。オメガの匂いはベータには嗅げないもんな」
「匂いって……失礼な」
「オメガっていうのはな発情期になるとアルファを惹き付ける匂いをさせるんだよ。よく電車で来られたな」
「発作が出たのはここの入口でしたから。僕、持病持ちで、二、三ヶ月に一回熱が出るんですよね。お母さんもそうだったから家系の体質なんだと思います」
「家系の体質じゃなくて、お前の母親とお前がオメガなんだって! それにしても稀少種親子なんて珍しいな。お前の父親はアルファか? アルファとオメガの子供はアルファかオメガが産まれやすい」
「お母さんは僕が産まれてすぐに村に移住してきて、父親は不明だって聞いてます」
「ふうん。離婚か」
「そうですね。僕、認知もされてませんから。お母さんが精子買って一人で産んだのかなって薄々思ってます」
 僕がそう言うと、男は顔をしかめ、窓の外を見た。
「……そうだといいな」
「あ、そういえば僕、ここの会社に雇って貰うよう村長さんに言われてきたんですけど」
 もしやこの男は社長さんなのではないだろうか。
「あー。秘書兼家政婦でいいか? 月給は手取り十六万円で社保あり。社宅はここだ。ベッドはそっちの壁際のを使え。しかしオメガが来るなんて聞いてなかったぞ。お前、バースんとこにベータって書いていただろ」
「ベータですから」
「違うって言ってんだろ!」
「そんなことを言われても」
「あー、もう! シャワー浴びてバースセンターに行くぞ。採血して一時間もすりゃ検査結果が出る」
「僕、二万円も払ったら村長さん達に貰った就職祝いの洋服諸々代がなくなります」
「……バース検査は無料だ」
「は?」
「東京都立バースセンターで受けるバース検査は無料なんだよ」
「東京都は太っ腹ですね」
「……そうだな」
「ところでお名前はなんて言うのですか?」
 僕が聞くと、男はふかーく溜息を吐いた。
「あー、名前も言わずに抱いたのか。はー、俺、最低だわ。本当、最低だわ。海野一太郎(うみの いちたろう)。カイの社長だ。俺が社長、お前、春人だったよな、が秘書。二人だけの会社だ。よろしくな」
 海野は深い溜息を吐きながら僕を見た。
 僕は裸のままベッドの上に正座する。
「中里春人(なかざと はると)です。今年、奥野山(おくのやま)高校を卒業しました。母親は去年亡くなりました。僕の住所はここですか? 戸籍もここに移していいですか?」
「おお、いいぞ」
「これからよろしくお願いします」
 僕は両手をベッドに揃えて頭を下げた。
 頭を上げた途端、僕はベッドに押し倒された。
「三つ指ついた嫁か! 可愛いすぎだろ」
 海野のぬるっとした唇が僕の唇を塞ぐ。
「くっそ、可愛い! いい匂い過ぎる!」
「そこ、あの、海野さん、ち、乳首、ヒリヒリして……」
 僕がそう言うといきなり強く敏感な膨らみを噛まれた。
「ひゃうん!」
 あんなに放出した疲れているはずの男性器がむくりと起き上がる。海野はすでに太くなりドクドクと脈打っている。
「可愛いし身体は最高だし、山奥から嫁が来た」
「嫁って。そりゃベータの男同士でも結婚出来ますけど、会ったばかりじゃないですか」
「会ったばかりなのに身体の相性いいんだぜ。いい匂いだしたまらない」
 そう言いながら海野は再び僕の濡れた肛門に亀頭をぬゆっと押し込む。
「ああん!」
「声も可愛い。好きだ。可愛いオメガ君に一目惚れした! ちなみに俺はアルファだ」
 ドクンッと心臓が跳ねる。好き? 一目惚れ? この漢くさくて大きな体格をしたアルファの雄が僕に一目惚れ?
 恥ずかしい。ドキドキが止まらない。
 きゅうっとお尻が締まり、男性器をはむはむしてしまう。中のうねりが背中をゾクゾクさせる。熱い男性器を身体が離さない。中のうねりが脳を犯す。
「ひゃあ! 奥、もっと……」
「お望みのままに」
「ひぃい! ひっ! ひっ!」
 ガツガツと太い男性器が腸内の奥深くまで入ってくる。気持ちがいい。心臓の苦しみが落ち着き、全身の甘い感覚に置き換わる。もっと突いて。もっと。僕は必死になって熱い男性器を食い尽くす。食べれば食べるほど焦燥感がなくなり、安心感に包まれ、幸せが汗になって出てくる。
 それから翌日の昼まで僕らは互いを貪り続けていた。

「すっごーい。大っきなビルだー!」
「ここはバースセンターの日本支部も入っているからな。二階が東京都立バース中央病院だ」
 キラキラした宝石箱みたいな硝子に包まれた巨大なビルディング。それが新宿区にあるバースセンターだった。カイがあるビルからは歩いて十五分ぐらいだろうか。周りは高いビルばかりで皆、空に届きそうだ。
 僕らは二階にある病院に行った。東京都民でなくとも受け入れてくれるようだ。
「現住所。今、住んでいる住所をお書き下さい」
 そう案内人に言われ、僕は会社の住所を書いた。
 血液検査と尿検査をして、ふかふかの椅子に横たわる。
 海野が鉄分入りヨーグルトジュースを紙コップに入れて持ってきてくれた。これも無料で飲み放題だそうだ。
「結構、血を採られるんですね」
「そうだな。ここは保健所でもあるから他の検査も一斉にやってくれるんだ。バースもたまに変わる奴とかいるしな」
「え? バースって変わるんですか?」
「ああ。ベータがアルファになったり、アルファがオメガになったり。これらは元々そういう体質の奴が変わるんだと。真ん中ぐらいだと何かの拍子に変わるらしい。事故とかでも変わるみたいだ。血液型とかも変わるだろ。そんな感じだ」
「はー。知りませんでした」
「人体いろいろだよな。あ、診察室に俺も入っていいか」
「はい。まぁ、ベータでしょうけど」
「まだ言うか」
「ところでこの後、区役所に行ってもいいですか?」
「もちろん。住所変更しないとな。嫁さん貰った気分」
 海野がニヤッと笑う。その笑顔が色っぽくて僕は全身が赤くなった。
「し、したぐらいで旦那気分とかありえない」
 プイッと顔を背けてくちびるを尖らせた。
「はー、やってる時は好きすきもっと突いてとか言って」
 僕は慌てて海野の口を塞いだ。
「あれは! あの時は仕方ないでしょ! 気持ち良くって」
 僕ははっとし、さらに真っ赤になって俯いた。
 海野は口を塞がれながら肩で笑っていた。

「856番の方」
 電子掲示板が僕の番号を呼ぶ。
「はい!」
「返事はしないでいいから。医者に会ったら挨拶して。名前は……言っても言わなくてもいい」
「匿名検査なんですか?」
「そう。誰もが自分のバースを国に管理されたいわけじゃないから。でも国に登録すると薬代が補助されて無料になる」
「ふへー。凄い」
 僕らが部屋に入ると女医が座っていた。
「お待たせしました。結果はこちらです」
 渡された紙を二人で見つめる。
 856番 男性 オメガ
 オメガという文字から目が動かせない。
 オメガ。オメガ。オメガ? 僕が?
「こちらの検査結果については十階にあるバースセンター中央受付へどうぞ。……立てますか?」
「はい……」
 僕は立ち上がり、紙を何度も見直しながら上の階に向かった。

 上の階に行くとさらに二階上がり「バース教育センター」という場所に来た。
「懐かしいなぁ。ここはバースについて詳しく教えてくれるところだ。わからないことは質問しろよ」
「はい。あの……僕の村ではベータについては習いましたけど、オメガについては全然知らなくって。というか忘れました」
「まぁ、自分に関係ないバースについてはそんなもんだよな。俺はゲイでさ、バースより性別の方が気になってて、バースの勉強とかスルー気味だった」
「海野さんはそういうの、いつ頃から意識しました?」
「うーん、幼稚園?」
「はやっ! 僕は社会に出て働くことしか考えてなかったんで。セ、セ、セ、セック……」
 そういえば僕は数日間、この男のフェロモン漂う海野として。恥ずかしいことを。
「うわあああああ!」
「なに真っ赤になっているんだ。ほら、番号表示された。行くぞ」
 僕は保護者のような上司に手を引っ張られて個室へと入って行った。
「こんにちは」
 白衣の男性はかなり身体が小さかった。一瞬小学生かと思ったが、顔が老けている。身体の発育が悪かったのだろう。
「こんにちは。僕がオメガなんて何かの間違いです。再検査は出来ますか?」
「再検査は一月後なら出来ますよ。名前は登録しますか? 名前を登録すると薬代が補助金により無料になります。あとは事故や事件に巻き込まれた時、すぐにカルテが出せるので便利ですよ」
「薬代ってどのくらいですか?」
「オメガ用ホルモン薬が国民健康保険の5割負担で三カ月一万五千円ぐらいですね。これによって二、三カ月に一度のヒートが軽くなったり、フェロモンが薄くなったりしますが完全に調整出来るかは体質によります。あとは緊急ヒート抑制剤が一回分5000円、他にも医者の処方によって色々ありますよ。大抵一月安くて5000円、高くて二万円ぐらいですね」
「に、二万円!?」
「ええ。ですからオメガには補助金が出るのです」
「な、名前、登録します……」
「はい、お名前と生年月日、マイナンバーカードをお出し下さい」
「マイナンバーカード?」
 僕は海野を見た。
「あー。すいません、うちの社員なんですけど成人したばかりでまだ作ってないんですよ。ナンバーは分かります」
「ではそちらで」
 海野が僕の名前、生年月日、そしてナンバーを言う。
「海野さん、マイナンバーってなんですか?」
「日本国民に振り分けられたナンバーだ。君の村の村長さんから来た履歴書に書いてあったよ。村長さんは君が成人するまでの後見人だったのだろう?」
「はい」
「役所にはマイナンバーが登録されているからな。お前のお母さんは知っていたのだろうが、亡くなってしまったからな」
「あ、中里春人さんってもしかして中里冬美さんのお子さんですか? 去年の事件で亡くなった」
「はい」
「亡くなられて残念でした。中里冬美さんは昔、犯罪に巻き込まれていたところをバース犯罪捜査課が救出し、バースプログラムによってあの村に預けられた被害者の方でした。春人さんはその時、お腹にいたお子さんですね。ご兄姉はもう売買されてしまったあとで追跡出来ず。大変申し訳ない」
「犯罪? 兄姉? 売買」
「冬美さんは人身売買組織に子供の頃に誘拐された孤児でした。オメガの子供を孤児院に入れる親御さんは多くてね。その孤児院が犯罪組織で、冬美さんは子供の頃から犯罪組織に捕まって生きていました。冬美さんが言うにはあと五人の産み、春人さんには兄姉がいたと。しかしその建物には子供は全くいませんでした」
「お母さんは……誘拐されて……子供を……産んでいた……」
「オメガはアルファが多く産めるバースてすからね。アルファ同士では男女でもなかなか子供が出来ない。代理出産産業は流行っていますが、冬美さんは犯罪組織に捕まっていたのです。救い出し、せっかく春人さんも大きくなって幸せを謳歌した数年間だったのに、本当に残念でした」
「お母さんが……そんなの……知らない……」
「オメガの誘拐事件は多発しています。交通手段はバースセンター所属のタクシーを使うのをお勧めします」
「はい……」
 誘拐されて子供を産まされていたお母さん。
「うっげえええええ!」
 僕は蹲(うずくま)り、床に嘔吐し、そのまま気を失った。

 お母さん。
「春人。大切な春人、大好きよ」
 そう言っていつもお母さんは僕の頬にキスをした。
 お腹にあった傷は病気の手術痕で、この村に療養しに来たと言っていた。
 身体に熱を持った時は清流で火照りを冷やしていたお母さん。僕が同じ体質だと知った時、最初だけ清流に二人で浸かった。川の美しいせせらぎは身体の火照りを冷やしてくれた。
 一緒に鳥の鳴き声や、動物の遠吠えを真似て遊んだ。幸せな日々だった。

「目が覚めたか?」
 海野がぼくの顔を覗き込む。そしてボタンを押した。
 ナースが現れて僕の脈や熱を計る。
 それから先程のドクターが現れる。
「申し訳ない。突然、伝えてしまって。驚いただろう」
「いつか知るよりは今知ったほうがいいです」
「そうか。ところで書類にも書いてあるようにきみは妊娠しているようだから、無理をしないように」
「は? 僕、ベータの男ですよ?」
「書類に書いてあるだろう。ここに『妊娠』と。オメガの再検査は必要ないと思うが。ところで父親はこちらの方かな?」
 そういってドクターは海野を見上げた。
 僕はドクターと海野の顔を見る。
「に、妊娠……男の僕が妊娠……」
 世界が歪む。
 僕はそのまま再び気を失った。

 再び目覚めた時、部屋には海野とドクターと警官がいた。
「中里さんが起きました」
 ドクターが僕の脈と体温を測る。
「中里君。バース警察の者だが、君の妊娠について聞きたい。彼、海野太一郎さんとの性的行為は合意の上かね?」
 僕は真っ青になって、メモを取りながら話す警察を見つめる。
 海野さんの足にすがって。心臓がドキドキしてあの太い物を握って……。
 話せない。恥ずかしい。
「合意……は取ってません。ぼ、僕が体調不良になって彼の……性的なあの……ところを握ってしまって……ただ……彼の……が、欲しくて……急に欲しくなって……」
「海野太一郎も君の合意はなくセックスしたと言っている」
「僕がほ、欲しくて欲しくて。狂いそうになって。海野さんは僕に付き合ってくれただけです」
「何日も? 監禁されたのではなく? 殴られたり脅されたりしていないかな?」
「違います! 海野さんの匂いが……その……気持ち良くて僕……病気が発症したんです! あの! お母さんも罹っていた病気で、僕、身体が熱くなって、とにかく海野さんにだ、抱いて」
 抱いて欲しくなって。
 僕は何を言おうとしているんだ。
 顔が赤くなる。俯いて顔を両手で覆った。
 病室が鎮まり、心臓の音がうるさい。
「ふぅ。バースチェックを今まで一度もしたことがないのは本当かね?」
「はい。村の人は皆、ベータだったので僕もベータだと思っていました」
「君のお母さんはバースセンター保護プログラムに守られていたのは聞いたかな?」
「はい。あの、お母さんが昔、事件に巻き込まれていたと、そこから助けられたと聞きました。でもお母さんからその話は一度も聞いたことがなくて。バースの話も家ではしたことがありませんでした。お母さんは三ヶ月に一度、熱が出る体質で、僕もそうだねって言ってましたけど。オメガだなんて一言も……やはり言いにくいですよね」
「そうだね。お母さんは大変な目にあってゆっくりと休養をとる必要があった。バースの話はしたくなかったのかもしれない。里中さん。もう一度言う。海野さんに強制されたことはなかったかい?」
「ありません。あれは、あの行為は僕の意思です」
 警察官は僕の言葉をメモしながらはぁーと溜息を吐いた。
「困ったらいつでも新宿警察署へ。もしくはバースセンターに相談するといい」
 そう言って警察官は新宿警察署の電話番号が書かれたカードをくれた。
「では失礼します」
 警察官はちらっと海野を見てから部屋を出ていった。
「海野さんは上司だから、パワハラとかセクハラとかになるんですか? でも僕が……お願いした場合は……どうなるのでしょうか。僕、海野さんをレイプしたことになるんじゃないでしょうか。海野さんの意思は……」
 僕がそう言うと、海野は笑った。
「俺は一目惚れして春人と結婚したい」
「え?」
 僕は真っ赤になって海野を見た。
「け、け、け、結婚って。どうしてそこまで話が飛躍するのですか!」
「そりゃあお前が可愛いしいい匂いで惹かれるし、いくら発情中だからって一発で子供が出来るなんて俺の周りのべたべたなアルファのカップルでも聞いたことがない。俺達、相性良すぎだろ」
「あ、子供。でも僕、一人でも育てられますよ。任せてください。認知は不要です」
「いや、春人。させて! 認知させて! 俺とお前の可愛い子供なのに! そして結婚しよう。番おう!」
「つ、つ、つ、つ、番? はぁ! なれるわけがないでしょう、僕はベー」
 僕はベータだ。そう言おうとして口を閉じた。
 僕はオメガというのは伝説級に珍しい存在で、アルファに出会うことなど一生ないと思っていた。
 そんな僕がオメガで、目の前にいる社長がアルファで、数日に渡るセックスの結果、子供が出来たなんて。
「子供……」
 子供は産む。もうこれは当たり前だ。僕がベータで何かの拍子に子供が出来ても産む。
 でも。
 僕は海野を見上げた。
 このちょっと無精髭が生えている髪の毛が寝癖で跳ねている長身で筋肉質の男が夫になる? 結婚する?
 スポーツウェアにスリッパを履いている。
 無料誌に載っていたアルファは何万ものスーツやシャツや特別な時計や靴。鞄や財布すらお洒落でクルーザーに乗っていた。
 そんな街のアルファが雑誌を埋める。青少年が読む無料誌のドリームページ。社長や実業家、建築士やトレーダー。作家やモデル、そしてどこかの国の王様。彼らはベータの夢であり、もしかしたら上司になるかもしれない人達。だからベータはアルファを夢見つつ、アルファが働く会社に入社するのを空想する。
 その時、僕は、自分がアルファである海野の会社に入ったのを思い出した。
「僕……ベータじゃなくて、オメガでした。海野さんはいいのですか。その、バースを間違えてしまって、僕との契約はどうなりますか?」
「別に構わないぞ。別にオメガだろうと今は性欲抑制剤があるから働ける。薬が合うまではゆっくり休みながら働けばいい。というか妊娠中は投薬禁止だけどな。それに妊娠中は発情しないから安心しろ」
「妊娠中……」
「そうお前は俺との子供を妊娠中。大事にする。絶対」
 ぎゅっと海野が僕の両手を、ふわっと大きな両手で包み込んだ。指が長い。手が大きい。これがアルファに生まれた男の手。
 僕は海野の少し青みがかった瞳を見ながら、怒濤の数日間を心の中で温める。
「あの……まだその……結婚については保留して、僕、働きたいです。海野さん、雇ってください」
「もちろん。産休を何日取っても給料は一〇〇%支払う。よろしくな」
「はい」
 こうして僕とアルファ男・海野、二人の職場が始まった。

※後書き※
ここ数が月。人生が変わるような沢山の事が起きました。
ちょっとずつ体調を整えながら、小説を書き進めていきます。
応援をよろしくお願いします。
ちなみにこの小説は体力次第で続きを書く予定です。
まずは体力!