【百合小説】『震える手』(藤間紫苑)2015/08/16

短篇小説『震える手』
藤間紫苑

女でありたい。と日々考えているわけではないが、私は女として生きている。一人称が男性と同じ「私」であっても、大股で歩いていても、動作ががさつでも、髪の毛が短髪であろうと、社会は何故か私を女として扱う。女性器が付いているっていうだけで、私が女性かどうかは私にも分からない。別にトランスジェンダーだとか、トランスベスタイトだとか、そういうわけでもない。ただ私が女かどうかよく分からないまま、ぼんやりと毎日を過ごしていた。そんなある日。私の前に気になる、いや気に入らない女性が目に付いた。そもそもぼんやりと暮らしている私にとって「気になる」とか「気に入らない」とか、思うことは滅多になかった。彼女は私にちょっかいを出す。何故ちょっかいを出すのか。私には分からなかった。気が付いた時には彼女が「気になる存在」になっていた。私はこの気持ちをとても不安に感じて、彼女がいつもいる(私もいつもいる)図書室から、逃げるように去った。不思議なことに彼女は私が図書室から去り、放課後の空き教室で勉強するようになると、そこに現れた。そして静かに勉強を教えてくれる。でも私は彼女の存在を「気に入らない」と感じていて、空き教室から、また図書室へと移った。彼女も再び図書室へと来るようになった。
私達は子猫と子犬のように逃げては追いかけ、追いかけられては走り、じゃれあうかのように場所を変えた。私は諦めにも近い疲れを感じて、図書室の隣にある資料室へと隠れた。ここなら静かに、たった一人になれると信じて。でも彼女は資料室の扉を開けた。なぜ私を追い回すのか、と彼女に問うた。すると彼女は私に「好きだから」と言った。好きだから、と。好き。私の頭はくるくると混乱し、俯き、指を開いたり閉じたりした。彼女は黙っている。私も黙っている。何か言わないと。何か。「好きってどういう……こと?」誰に向かって好きだと彼女は言ったのか。私か。それとも女である私か。女と女。私と彼女。好きと言われたら、どうすればいい? 私は知らなかった。「だからね、アナタが好きで、デートしたりキスしたり、寝たいってコト」「あなたは私が好きで、デートしたりキスしたり、寝たいのか」私は反復しながら、顔を上げ、やっと彼女の表情を見た。彼女の暗い表情は私と目が合うと、ぱぁっと明るくなった。まるで牡丹の華のように。激しい輝きを放っていた。私は暫く黙っていた。ただ彼女を見つめながら。そして小さく息を吐く。手を伸ばし、彼女の手を握る。彼女の手は汗ばんでいた。きゅっと握ると、ふるふるっと揺れた。それから彼女はもう一方の手で私の手を包み込んだ。私の手はぴくんっと震えた。あぁ、これが好きってことかも。だが確証はない。実際には手が少し震えただけなのだから。私はよろしくと言った。

<終わり>