マンションを出て、私達は新宿イーストサイドスクエアへと向かった。エスカレーターで地下へと降り、ローソンに向かう。
少女は体にぴったりのTシャツにパンツが見えそうなくらい短いスカートとシューズの格好で出る。彼女が最初に着ていた格好のまま出てきてしまったのだが、コートぐらい貸すべきだっただろうか。
通りすがりのヘテロカップルが少女を見る。男の方はじろじろと遠慮なく少女の胸を見続けて、女に腕を引っ張られる。
私は薄手のダウンコートを脱ぎ、少女の肩にかけた。
「…………」
少女は下を向いて目をまんまるくさせ、何か言いたそうだった。だが言葉は発しない。
「あ、まだ売ってたよ、クリスマスケーキ」
サンタの格好をしたローソンの店員がにっこりと笑い、いらっしゃいませ、と言う。
「ホールケーキを一つ。これローソクは付いてる?」
「別売りでサンタのローソクがあります」
「じゃあ、それもちょうだい」
少女は素早く瞬きをしていた。喜んでいる様子だ。
私達は再びエスカレーターに戻り、新宿イーストサイドスクエアから出た。
「美味しいといいね」
「…………カワイイ」
「そうね、カワイイね」
ケーキを見てカワイイと言う感覚を忘れていた。毎日仕事、仕事。休みの日は撮り溜めたドキュメンタリー番組を見るか、寝るか。生活必需品を買いに出かけることもあるが、余計な物を見ずに真っ直ぐ帰ってきてしまう。
レズビアン友達に、仕事し過ぎよ、と笑われるが、正直仕事以外、何をしたらいいのか分からない。
性欲はある。バーなどで素敵だなと思う女性にも会う。でもそういう人とは二言三言話すだけで、口を閉じてしまう。会議の最中は饒舌なのに、恋が出来る程、女性と話せない。
そんな私がなぜ少女と話せるのだろうか。
この黒い瞳が美しい少女と。
汚れていようと、異様に痩せ細っていようと少女は綺麗だ。綺麗だと私は思う。
年下だからだろうか。私はロリコンだったのか? 少女と十四も歳が離れているのに性欲を抱くなんて、滑稽だ。
マンションに入り、寒かったねー、と少女に言う。
「明日、コートも買おうか」
少女はエレベーターに入りながら、目をくりくりとさせる。
「歯ブラシは旅行用のがあるから大丈夫。ケーキを食べたら歯を磨こうね」
少女はこくんと頷いた。
私達は部屋に入り、リビングダイニングのテーブルにケーキを置いた。ケーキを箱から出し、大皿に乗せる。それから二つのカップにティーバッグを入れ、ウォーターサーバーのお湯を注いだ。
「やっぱりこういう時、ケトルが欲しいわ」
暫くしてからティーバッグを取り、サンタローソクに火を点け、電気を消した。
「ハッピィバースデー、ゆきちゃーん、メリークリースマース、ゆきちゃーん」
ゆきは雪から取ったのかもしれないとその時、思った。
「さぁ、消して」
少女は口を窄め、ふーっとローソクを消した。
「おめでとう」
私がそう言うと、少女はパチパチと手を叩いた。
「うーん、おめでとうと言われたら『ありがとう』よ」
「……ありがとう」
「そうそう」
「ケーキをかってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「ママがしんで、とまってしまってた。もうずっとじゅうよんさいなんだっておもってた。でもじゅうごさいになったね」
「十五歳、おめでとう、ゆきちゃん」
「……ありがとう」
少女はそう言いながら、再びパチパチと手を叩いた。恐らくそれが少女と母親のパーティーでの祝い方だったのだろう。
私達はケーキを六等分にして一個ずつ食べた。久しぶりに食べたケーキは甘く、私の両親がいる家を思い出した。
私に学歴を付け、社会に送り出してくれた両親。私が同性愛者である事も、理性的に受け入れてくれた。だがそれでも私は家から出たかった。ヘテロカップルの両親が大事に守っている家を出て、一人で暮らしたかった。マンションを買うにあたっても、資金援助してくれた優しい両親。なのに何故、私は苦しいのだろう。何が苦しいのだろう。
ケーキを食べながら、少女を見た。美しい。明日は美容院へ連れて行って、髪を整えてあげよう。

そして就寝の時間がゆっくりと訪れるのだった。

■ 続く